未分類100曲ライブ, 水戸華之介, 非日常




「20×5=100 LIVE」第五公演目に行ってきた。二ヶ月近くに渡って続けられた公演の最終日。この催しが始まることを知ったとき、絶対に全ての公演に足を運ぶぞと意気込んだが、まさか実現出来るとは。しかもそのうち二回は最前列で観ることが出来たのである。間近で観る水戸さんの歌唱と熱気。今回は中央に作られた通路に沿って並べられた椅子に腰を下ろしたが、「君と瓶の中」で水戸さんが歌いながら真横を通り抜けたとき、纏う熱気の熱さに驚いた。雰囲気が熱いのでは無く、物理的に熱いのである。

熱さも納得の盛り上がりっぷりを裏付けるかのように、本編終了後、ギターの弦が駄目になってしまい、アンコールでステージに戻ると澄田さんがその場で弦を張替え、その間水戸さんがMCで繋ぐという出来事もあった。澄田さんは3-10Chainで長年水戸さんと一緒にやっているだけあり、何度も水戸さんに「やりやすい」「接しやすい」と言われていた。澄田さんはずーっと口角が上がっていて、もともとそういう表情なのかもしれないが、終始穏やかで楽しそうな雰囲気が溢れている人である。

第五公演目は水戸さん曰く「良い曲が多い」とのことで、アンコールでお約束の二十面ダイスを振り、その日歌唱された曲の中からアンコール曲を選ぶ際も、どれが選ばれても大丈夫! と安心出来るセットリストだった。その際、よりにもよって「ジョンのうた」が出てしまったときは流石にダイスを振り直したと澄田さんに語っていて、澄田さんも「ジョンが出たのぉ!?」と驚いていたが………この日のダイスが選んだのは「ナイタラダメヨ」。しばし「え、これ………?」という空気に包まれる。「ナイタラダメヨ」は好きな曲だが、アンコールにやるにしてはちょっと違う感じもする。

だが振り直しはせず、本編ではアレンジしたバージョンでやったので、今度はオリジナルバージョンでやることに。ところがちょっとハプニング。ずっとアレンジで練習していたためオリジナルがわからなくなってしまったのだ。水戸さん、澄田さん二人で譜面を睨みつつ、歌いながらメロディを探す。珍しい場面が見られてラッキーだった。

そしてアンコールは終了したが……最終日ということでダブルアンコール! 追い出しの曲がかかるも席を動かずアンコールを要求する観客の声に応え、再び水戸さんと澄田さんが登場! 手には二十面ダイス! そして振られた数字を読むと十二番!!

「ナイタラダメヨ」

まさかである。まさかの「ナイタラダメヨ」。流石にたじろぐ水戸さんと澄田さん。ここで最終日にして新ルール発動。「一度アンコールで選ばれた曲は消されることにする」、ということでダイスを振り直すことになったのだが………神はどうしても水戸さんに「ナイタラダメヨ」を歌わせたいらしい。

驚きの。三回連続「ナイタラダメヨ」。

もう一度振り直してようやく「遠くまで」が出た。神も何とか諦めてくれたらしい。いや、神はなかなか良いチョイスをしていると思うが、三回連続「ナイタラダメヨ」はどうかと思うな!

今回の「客いじり」曲は「君と瓶の中」だった。「君と瓶の中」は聴いたことがある方ならご存知の通り、性的な内容の曲である。そしてこの曲の前に水戸さんのMCがあったのだが………生々しい!!

いや、単に自分がこういう話を苦手にしているだけなんだが。とはいえ引いた。ちょっと引きつってしまったが、半ばやけっぱちになって盛り上がり、続いて演奏された「天井裏から愛をこめて」でちょうど良く爆発出来たので結果オーライと考えたい。そういえば「天井裏から愛をこめて」で席を立ち上がり踊りだす人が現れた。後ろの観客に配慮しているのか、壁にぴったり寄り添いつつもゴーゴー踊り狂っていて、理性と衝動の狭間に立っている姿が実に微笑ましかった。

「20×5=100 LIVE」の総括として語ってくれたこととして、隔週で定期的に同じところでライブをやるというのはとても良かった、また不死鳥の前などにこういうことをやりたい、とのこと。また、俺はずっと延々と続けても良いけどそのうち誰も付き合ってくれなくなる、と言って笑ってもいた。確かに延々と隔週で通うのは難しいが、また来年もしやってくれるならそのときは是非参加したい。二週ごとに水戸さんに会える、しかも毎回違う曲が聴けるなんて、贅沢なひと時だったなぁと振り返ってみて思うのだ。

記念すべき百曲目は「幸運(ラッキー)」。この曲の前だっただろうか。水戸さんは、仕事柄「人とのすれ違い」を多く経験することを意識する、といった話を語ってくれた。それは「気持ちのすれ違い」ではなく、出会って、ある一定期間一緒に過ごして、そして別れるという「すれ違い」。それはバンドを組んだ仲間だったり、一時だけライブに足を運んでくれたお客さんだったり、様々だ。で、その「すれ違い」を意識するとどうなる………という肝腎の部分を………忘れてしまったのである……自分は。何故忘れた。何と無く次の曲が「幸運(ラッキー)」であることを考えると、「でもこうしてひと時を一緒に過ごせたってラッキーだと思う!」というまとめだったような気がするが、本当にすっかり忘れているので間違っている気がすごくする。何て駄目な記憶力なんだ…。

今回の公演で百曲歌いきったが、これは持ち歌のおよそ半分ほどで、選ばれなかった百曲はアコースティックという形態で歌うのは難しいとのことだが、いやいやいやいや。まだまだ聴きたい曲はあるので、是非もし来年やるときには、残りの百曲も是非歌って欲しいものである。まぁ、その前に「不死鳥 十全」があるのだが。会場にはポスターが貼られていて、チラシも配られていた。もちろんもらってきましたよ! チラシ片手ににやつきつつ、ますます楽しみになる「不死鳥 十全」。記念すべきデビュー二十五周年公演、気合を入れて観に行かなければ!

未分類100曲ライブ, 水戸華之介, 非日常




行ってきました「20×5=100 LIVE」第四公演目。本日の演者は吉田一休氏、ということで予告によると「屑」の曲が多めとのことで、そりゃもう心からこの日を待ち望んでいた、楽しみにしていた。というのも、今まさに自分の中で水戸さんフィーバーが起きていて、「屑」ブームも発生していたからである。まだ「屑」のアルバムを持っていないというのに。

持ってないのにどうしてブームが起きているかと言えば、それは「屑」の曲が数曲演奏されているライブDVD「不死鳥第八段」を所有しているからで、前回のライブがきっかけで急に水戸さんフィーバーを迎えてしまった自分はその日から連日水戸さんのライブDVD「不死鳥」シリーズを再生しまくり、当初はその日その日の気分でディスクを変更していたが、第八段を再生してから延々とそればかりエンドレスリピート。麻薬のようにはまってしまい全くそこから抜け出せなくなってしまったのである。主に聴く目的で再生していたため画面はほとんど見ていなかったが、もし同居人がこの部屋にいたら気が狂っていただろう。

吉田一休氏については自分はほとんど存じ上げない。存じ上げないが、水戸さん曰く「コーラスを買って」今回参加してもらったとのことで、楽器の方はあまり期待していないので余計なことはしないで良い、とのこと。そんなわけで曲も技巧を凝らしたものよりも、ジャカジャカ楽しい感じのものを中心にチョイスしたそうだ。こんなことを言われると聴く方としてはやや不安になってしまうところだが、いやあ素晴らしかったよ!

個人的には今までの四つの公演の中で今夜が一番楽しかった。理由としては、ジャカジャカ楽しい曲が多くて単純に盛り上がること、聴きたかった屑の曲が聴けたこと、水戸さんの歌声と一休さんのコーラスの重なり合いが素晴らしく綺麗だったこと、そして水戸さんがノリノリのハイテンションだったこと、だ。そう、今日の水戸さんは一段と凄かったのである。

聞けば前日とある古くからの友人のライブにゲスト参加して、他のゲストもよくよく見知っている人達で、「あぁ、○○は良い奴だなぁ」「△△も話しやすくて良い人だなぁ」と最高にハッピーな気分になり、さらにその日は今日のライブもあるため力を温存する予定だったのが、パンクなお客さんが多かったため持ち前の負けず嫌い精神が発揮され、大声を出して盛り上げてしまったそうで、その「ハッピー」と「ハイ」の余韻が色濃く残っていた影響らしい。水戸さんは開始から汗をかき、動きも前回前々回よりも大振りで激しく、しかも曲はまた盛り上がりやすいジャカジャカ系!

水戸さんのアコースティックライブは「アコースティックって何だろう……」と初めて見たときに思わされたくらいで、そもそもノリノリで激しくロックな感じだが、いつにも増してノリノリだった。この「20×5=100 LIVE」シリーズはコアな客向けで、普段のおよそ十分の一くらいの規模のこじんまりとしたライブハウスで行われているのだが、何と言えば良いのだろう、今日の水戸さんは別の会場にいるかのようだったのだ。

この状態について水戸さんは「飲酒はしていない」と言っていたが、確かに酔っ払っている姿に近いものを感じた。歌詞が完璧なイメージの近い水戸さんにしては歌詞間違いがちょこちょこあったのも特徴的。しかしそれが不満かと問われれば全くそんなことは無い! いやーもう本当に楽しかったんだよ!

特に聴けて嬉しかった曲は「家のない子に」「ゆきてかえらず」「カナリヤ」「偶然にも明るい方へ」。「偶然にも明るい方へ」は「不死鳥第八段」で鳥肌が立ったフレーズ「夢よりも夢だったかもしれない瞬間を」の「かも!!」と叫ぶ声が心臓に突き刺さった。

レア曲は「へくそかずら」。二十数年演奏していないが、たまに「へくそかずらやらないんですか?」というリクエストはもらっていたそう。だが、歌詞を書いた当時は色々な思いを込めていたはずだが、二十数年経った今改めて歌詞を読むと「どうしてこのフレーズを選んだんだ……?」と当時の自分が込めた思いがわからなくなってしまっているため、やっていなかったそうだ。

「ペダルをこいで」は水戸さんと一休さんの掛け合いが楽しい曲だが、一休さんが掛け合い部分を一つ抜かしてしまい、水戸さんが曲を中断して「ここの掛け合いが良いんだよ」とお説教するというハプニングがあった。そしてそれは我々観客へも飛び火し、「一休にばかり任せちゃいけない!」「ここはお前らも入るところなんだよ!」と叱られた。曲中断からお説教の流れまでもエンターテイメント。笑い転げてしまった。

「ジャカジャカ系」ということでポジティブな曲調の曲が多く、恒例のアンコールも「だいたいどの曲が出ても問題無し」だった。前回の地雷だらけのセットリストとはえらい違いである。そして一番の地雷を踏み抜いたサイコロは流石としか言いようが無い。今回のアンコールは一曲目の「海」で無難に楽しく終わった。終わりから始まりに戻ると延々とループを楽しめそうな錯覚に陥ることが出来て愉快である。

一休さんは上下アディダスの真っ赤なジャージで、下に赤いアロハシャツ、髪は寝癖風のようなただの寝癖のような塩梅で、スウェット通り越してタオル地のズボンを履いてきた水戸さん以上に普段着感が爆発していた。こんな派手なのに全然ステージ衣装っぽくないなんてすげえ、とうっかり感動してしまった。

そういえばライブハウス「七面鳥」の向かいにあるお店について、絶対MCでネタにされるだろうと踏んでいたが特に話題に上ることが無かったのが意外だった。ちなみにこちらは料理を食べられる系統の店らしい。




未分類100曲ライブ, 水戸華之介, 非日常




「20×5=100 LIVE」第三公演目に行ってきた。今回の楽器はピアノで、奏者は枕本トクロウさん。水戸さん曰くゲーム仲間であり、何かの後輩にあたる人らしい。澄田さん、ワジーに比べると元気いっぱい! という感じの人で、MCでの話し方もまるで「はい!」と挙手して話すような、勢いのある人だった。

楽器がピアノということで本日はバラード中心。計五日間の公演の中でもちょっと特殊なものになるとのこと。ただ、最初からしっとりと落ち着いてばかりではお客さんが死んでしまうので最初はノリノリなものから始まった。そして中盤からしっとり系が続き、その総まとめとして歌われたのが「ジョンのうた」。もし百曲の中に含まれるなら今日だろうと予測はしており、聴きたいとも思っていたが、やはりつらい。

「ジョンのうた」はアル中の父親から逃げるため、母と子が必要最低限の荷物を持って家を出るところから物語が始まる。子供は犬のジョンを飼っていたが、連れて行くことが出来ず父親のもとに置き去りに。酒びたりの父親は当然犬の世話などせず、子供がたまに目を盗んでジョンの様子を見に行くと犬小屋はひどい有様。うんちまみれになっているのに、子供の姿を見ると尻尾を振って喜ぶジョン、でも連れていくことは出来ない。そしてある日ジョンは父親によって保健所に連れて行かれ、そのことを知った母と子は急いで保健所に駆けつけたが既にジョンは処分された後だった。

迫力を感じるとともに、心臓を直に掴まれてぎゅうっと引っ張られるような歌だ。この迫力を是非その身に感じたいが、しんどい曲なのでなるべく聴きたくないのも本音。歌う水戸さんはもちろん、聴き手にも体力がいる歌だ。

またピアノの演奏が悲しさに拍車をかけるんだよなぁ………。

水戸さんの歌う「どうにもならない」と「やるせない」悲しい感情が、わかりやすく、それでいて共感しやすい形で集約されている歌だと思う。これはちょっとずるい。ひどい。ライブが終わって何時間も経つのに、あのジョンの悲しく吼える声が今も脳に木霊する。引きずられるなぁ。

そして今日ライブの帰り道にふと思ったのだが、既に処分された後と知ったとき、母親の方は内心ほっとしたんじゃないかなぁ。例え生きていたとしても飼うことは出来ない、里親のあてがあるなら放置せずに済んだだろう、と思ったら。

あと、「処分ってなに?」と子供は母に尋ね、「遠くのお山に放してあげたのよ」という答えをもらうが、………「処分」という言葉は理解出来なくても、死んでしまったことはわかったんだろうな、と思うんだ。あぁ、だめだあまり「ジョンのう」たについてばかり考えない方が良い。せっかく楽しかったのに落ち込んでしまうじゃないか。

あちこちで聞こえる啜り泣き。しんみりとした空気の中で、水戸さんがこれからノリノリの曲をやる、と言いつつ、いくらなんでもこの状態じゃ感情がついていかないだろうから、と前置きして正月に温泉に行った話に。普段は空いているその温泉も正月は流石に混んでいて、聞き耳を立てていたわけでは無かったが近くにいた男性二人組みの話が聞こえてきたそうだ。二人はパワースポットなどのスピリチュアルな話をしていたが、会話の流れでカップルだったことが発覚、不意を突かれてびっくりする水戸さん、さらに驚くべきことはその温泉、実はゲイが集まる有名スポットだったそうな。

脱衣所のところに『携帯電話を出していたら盗撮と見なします』といった、他の温泉施設ではまず見たことの無い貼紙があり、「男風呂の脱衣所で盗撮………?」と違和感を抱いていたそうで、真相を知って納得したらしい。そして「でも良いお湯だからまた行くけどね」と朗らかに締めくくり、恋愛繋がりで客いじりの定番曲「ふたりは」に! この曲では水戸さんが歌いながら客席を練り歩いて手を握ったりしてくれるのである。今回自分はちょうど良い席に座っていたので、運良く頬を撫でてもらった。嬉しかったが「ジョンのうた」で泣いた直後だったので若干恥ずかしかった。

他、今回の目玉は「天国ロック」と「ラブソング」だろうか。「天国ロック」はCD発売以来ずっと存在を忘れていた曲で今日は二十数年ぶりの演奏だったらしい。水戸さん曰く、「オチが無いのでライブではやりづらい」らしい。「でくのぼう」だったら「で、で、でくのぼー!」と皆で盛り上がることができるが、「ててててんごく~?」と自己完結してしまうので、中盤で盛り上がったテンションを爆発させることが出来ず、扱いに困るらしい。

「ラブソング」は「でくのぼう」の別歌詞バージョン。何かのおまけでカセットに入れて出したらしい。普段のライブなら、「これをやるならでくのぼうをやってくれよ……」という空気になることが予測されるので出来ないが、今日みたいな「濃い人達」ばかりが集まっているライブなら出来るとのこと。「で、で、でくのぼー!」の合いの手が「ラブ・ラブ・ラブソーング!」に変わり、もちろん他の部分の歌詞もまるっきり「でくのぼう」とは違うもので、すごく新鮮で面白かった。

そうだ。「サカナ」は当時すごく嫌なことがあって、そのネガティブな思いがはっきり表れていると水戸さんが言っていた。水戸さん曰く、珍しいくらい暗い歌、とのことだった。

最後のアンコールは前回前々回と同じく、二十面あるサイコロを振り、本日の曲順から選ぶ方式。サイコロを振る前に水戸さんが「二十番目が出るのが最悪だけど、ジョンのうたが出ても辛いな。今回は地雷が多い」といった内容を喋り、カップに入れてサイコロをかき混ぜ、さぁ、丁か! 半か! という勢いで数字を見ると………十三番。

十三曲目、ジョンのうた。

流石に振り直しというか、ちょっとサイコロに衝撃を与えることになった。水戸さんは自分に課したルールを破ることに抵抗があったようだが、恐らく観客も全員振り直しを望んでいたことだと思う。枕本さんはルールを破ることに対し、「いやいやそれはだめでしょう」とばかりに不服な態度を見せていたが、そしてそれも水戸さんを困らせるための演技だとわかってはいたが、「ジョンのうた」は良い曲だが、一日に二度聴くのはつらい。

振り直しの結果サイコロが選んだのは「電波塔の丘」。本編では寂しさが強調されていたが、アンコールは楽しく終わりたい、ということで水戸さんが枕本さんに楽しい曲調にリクエスト。もし振り直しをしなかったら「ジョンのうた」もちょっと楽しい感じになったのだろうか。いやそれは………無理か。

そういえばどの歌か忘れてしまったのだが、枕本さんがノリノリ系の曲でピアノから立ち上がり、まるで地団太を踏むように、バンバンバンバン激しく床を踏み鳴らしてリズムをとっていたのだが何だかすごく面白かった。ピアノというと落ち着いて着座して弾くイメージが強いのだが、何でもありなんだな。

未分類100曲ライブ, 水戸華之介, 非日常




「20×5=100 LIVE」に行ってきた。水戸さんが一人のギタリストと共にのべ百曲を五つの公演に分けて歌うという催しであり、その初日。デビュー二十五周年を記念したこの興行、水戸さんファンなら行かないわけには行くまい、ということでチケットを獲得。こじんまりとしたライブハウスなのでチケットが取れるか不安だったが何とかなった。番号もなかなか。見晴らしの良い席で水戸さんの歌と澄田さんのギターを堪能することが出来た。

セットリストは水戸さんの公式ブログ地球日記より転載。未聴の曲が一曲だけあったが、「涙なんか海になれ」がそれだった。

1.雨のパレード
2.百花繚乱

MC

3.特急キノコ列車
4.幻想の世界
5.ひとつの火

MC

6.2丁目の奇跡
7. 夜の行進
8.新しいメルヘン

MC

9.涙なんか海になれ
10.トゥルーロマンス

MC

11.しあわせのしずく
12.月に抱かれて
13.火星のショッピングモール

MC

14.Hello!
15.?-a-go-go
16.地図
17.わいわいわい

MC

18.小さな罪と小さな罰

マグマの人よ
私の好きな人

ダブルアンコール

わいわいわい

のべ百曲を一曲ずつ歌うというライブの特性上、今日歌われた歌は次回の公演で歌われることは無い。とすると、普段のライブなら本編のラストで歌われることの多い曲も顔を出すのは一度きり。いったいどの曲がどのタイミングで来るのかが注目どころである。そして「わあ! この曲が聴けて嬉しい!」と思いつつ、「今日やったってことはもう次は聴けないんだな……」と寂しく感じもする。無論この「20×5=100 LIVE」の後にはまた聴ける機会も来るだろうが、ついいつも以上に一期一会を噛み締めてしまう。

また、このライブは「五回の公演で百曲歌う」ことが決まっているため、アンコールも「ある」ものとしてセットリストに組まれている。もともとアンコールはライブのお約束であり、予定調和なものだが、だからと言って本編終了後、ステージから去らず、着席したままアンコールを受け、そのままアンコールを始めるミュージシャンは見たことが無い。そしてMCであっさりと今日やる二十曲の中にアンコールが含まれていること、だからアンコールは最初からやると決まっていることを暴露し、よって無駄を省くために俺はステージを降りず、このままここでアンコールを受ける! と宣言する水戸さんはお見事。やっぱり面白かった。

最初の方のMCで、水戸さんは「面白いと売れない」「面白いことを言うと等身大になりすぎてしまう。面白いことを言わずに色々と想像を膨らましてもらった方がカリスマ性が出る」といったことを冗談めかしながら語り、「だから今日は面白いことを言わない!」と言っていたが、サービス精神に溢れたこの方のこと、案の定その後のMCも非常に楽しいものだった。もっと多くの人に知られて欲しいと思うが、やっぱり面白い水戸さんが好きだな。

そしてアンコール終了後、今度こそステージを去る水戸さんと澄田さん。しかし……まぁそりゃあ起こるわけです。ダブルアンコールの要求が。二十曲と決まってても起こるのです。とはいえ二十曲やってしまった今日、残りの曲は無いわけだし、いったいどうするのだろう………? と思いつつコールをしていたら水戸さんと澄田さんがステージに登場! 歓声を浴びて戻ってきた水戸さんが持っていたのは二十面サイコロだった。

ダブルアンコールが起こることは予測していた、しかし百曲というこだわりがあるので、新しい曲は出来ない、よってこの二十面サイコロを振り、今日やった曲の中から一曲を歌う、と水戸さん。なるほどその手があったか。感心しつつ振られたサイコロの目に注目。結果は………十七番、わいわいわいだ!

まさかの「わいわいわい」。観客参加型の盛り上がり曲をまさか一日に二度やることになろうとは! 水戸さんもびっくりのこの結果、そして繰り返されるお祭り騒ぎ。自分としては楽しく盛り上がって終われたので、しんみりしたバラードが来るよりも嬉しかった。二十面サイコロの働きに感謝。

今回聴けて嬉しかったのは「雨のパレード」「夜の行進」「しあわせのしずく」「月に抱かれて」「地図」「マグマの人よ」「私の好きな人」。特に「私の好きな人」は、水戸さんの曲の中でもダントツに好きなものなのでアンコールで聴けて感無量である。「好きな人と一緒になりたい」というラブソングは数あれど、大切な人がいつも幸せでいられるように、優しい人に巡り合えますようにとひたすら幸せを祈る歌はちょっと珍しいだろう。こんなに優しい「願い」が詰まった歌は他に知らない。

さて、残り八十曲では何が聴けるだろう。「(ナミダ)2」「生きる」を聴けたら良いなぁ。楽しみにしつつ、次回に臨む。

未分類平沢進, 非日常


 
 
「ノモノスとイミューム」最終日。公演終了後、公演祝いの花を自由に抜き取って良いとアナウンスされていたので、記念に有難く頂戴した。これまで我が家に花が飾られたことが無かったので気付かなかったが、花がある景色というのもなかなか良い。玄関にイミュームが配置される家。家を出入りするたびに己のサファオンがイミュームに影響し、イミュームがサファオンに影響して物語が生成されるのだ、と思うと愉快な気持ちになる。

初日と二日目は同じエンディングを迎えたが、三日目の今日は異なるルートを辿り別種のエンディングを観ることが出来た。思わぬ歌謡ショーにオーディエンスは大爆笑。ハンドマイクを握るだけで笑いが取れる男ヒラサワ。つくづく面白い人だ。

興味深かったのがエンディングの後のMC。細部を失念してしまったが、「これからはSP-2のヒラサワから、Amputeeのヒラサワに」という言葉。「Amputeeのヒラサワ」の後に続く言葉が「なった」か「なる」か「なったと思われる」か「なったと思われている」か忘れてしまったのだが、最初会場でこれを聞いたとき意味がわからなかったのだ。SP-2のヒラサワ? Amputeeのヒラサワ? ヒラサワはSP-2でもAmputeeでも無いだろう?

と、思ったが、あれはヒラサワ自身がSP-2やAmputeeという意味では無く、SP-2やAmputeeに「傾倒する」「影響を受ける」「尊敬する」「愛する」「愛される」という意味合いなのだろうと咀嚼した。いわゆる「ふつーの人達」の枠外にいて、両者とも、外見的な美しさも魅力だが、それ以上に困難を乗り越えて、力強く生きる人達。無論、性同一性障害者や切断者の全てがそれに該当するわけではない。彼ら彼女らの中で、そういった精神を持った人にヒラサワが強く惹かれているのだろうと思う。

この「枠の外にいる人」は「ノモノスとイミューム」の中に登場する「幽霊船」も該当する。「幽霊船」は公式サイトの用語解説から引用すると、”有意義な「反射」になり得るサファオンでも「前例が無い」「飛躍的過ぎる」などの理由で社会から暗黙のうちに拒絶されるサファオンがある。そうしたサファオンが採用される可能性に賭けて10年後の世界へと運ぶ船”である。あくまでも「サファオン(感情、思考、記憶の混合物に生じるある種のパターン)」であり、人間では無いが、それを乗せるのが「幽霊船」とは何とももの悲しい。

つい、幽霊船に乗せたサファオンを秘めた人は、彼ら彼女らが受け入れられない時代で生きていかざるを得ないことを考えて、しんみりしてしまうのだ。そしてそういった人々は「ノモノスとイミューム」の外にそれはもういくらでもいるのである。

だが、幽霊船が乗せたサファオンは役立てられ、物語は危機を脱出する。このあたりがヒラサワの描く希望なのかなぁ、と思うのだ。思えばヒラサワ自身も「ふつー」という枠の外で生きてきた人で、それ故に苦労もしてきたそうだが、反面枠の外にいるからこそ多くの人に愛されている。それを本人が知っているから、幽霊船を登場させたのだろう。だってサファオンを補充するならばドナーに要求すれば良いだけなのだ。

類推ばかりの文章だが、枠の外の人であり、枠の外の人を尊敬する人だからこそ、自分はヒラサワの音楽や文章、キャラクターに惹かれるのだ。昨日今日二日間参戦出来て良かったと思う。