Switch On! Orchestra (2017年11月25日)
還弦主義8760時間という、ヒラサワ自身の楽曲をシンフォニックにアレンジするプロジェクトで発売されたアルバム、「突弦変異」と「変弦自在」。この二枚はオーケストラテイストでありながらも演奏するのは機械の演者。人間による生演奏を想定していないそれは「できるものならやってみろ」と言わんばかりのアレンジで、無限に鳴らされるシンバルに半笑いになりつつ魅了されたのも記憶に新しい。
その「できるものならやってみろ」に応える人々がいようとは、いったい誰が想像できただろうか。
「Switch On! Orchestra」はヒラサワの楽曲をオーケストラで演奏してみたい、とアマチュアファンが集まって試奏会を企画したことから始まったそうだ。その人数は百名を越え、ステージにずらりと並ぶヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス。フルート、オーボエ、クラリネット、ファゴット、サックス。ホルン、トランペット、トロンボーン、バストロンボーン。テューバ、打楽器、ピアノ、ハープ、筝、二胡、三味線、エレキギター。エレキベースにドラムに電子バグパイプ。そして天井まで聳え立つパイプオルガンと、ソプラノ、アルト、テノール、バスのコーラス隊。よくここまで集まったものだなぁとしみじみする。
通常のライブであればステージには演者がいて、ステージを見つめるファンがいる。しかし今回ステージに立っているのはファン、ステージを見つめるのもファンで、演者の家族を除けばほぼファンしかいない空間という密度と熱量。ヒラサワへの愛を放出する演者とその愛を受け取るファン。常にはない面白い構図である。
場所は所沢市民文化センターミューズアークホール。駅から銀杏並木を十分ほど歩いてすぐのところにあるホールだ。自分はライブには頻繁に行くがオーケストラを観たことはほとんどなく、のだめカンタービレの知識しかない。よってまず、建物の内装の違いに面食らった。おお、正面にパイプオルガン、そして両脇に天使の像。いつも見ている聳え立つマーシャルアンプの壁とは全く違った光景だ。
プログラムは第一部と第二部で分かれ、第一部はアニメ作品からのサウンドトラックメドレー。Amiga起動音の再現というニクイ演出から始まり、一曲目は「山頂晴れて」! ここでうっかり、あの音を聴いた途端ガバッと条件反射で拳を振りぬきそうになってグッと全身に力を込めて席に縮こまった。危なかった。ここはライブハウスじゃなかった。
ちなみに自分は前から四列目の席だった。かなり前だがステージよりも低い位置なため全体を見渡しにくかったのが惜しい。会場にもよるかもしれないが、オーケストラのコンサートは前方よりも後方からの方が見やすそうだ。
演奏が始まり最初に思ったのは「音が小さい」ということだったが、それはライブハウスの爆音に慣れているからだろう。だが、「ASHURA CLOCK」と「MOTHER」は曲調もあって迫力があり、音の強弱も激しくて聴いていて実に楽しかった。躍動感がたまらない。
コーラス隊はもともとの楽曲にあるコーラスを再現することもあれば、楽器としての声の役割に徹しているシーンもある。歌詞を歌っていたのは「Sign」と「現象の花の秘密」だったかな。歌詞を歌っているときはノリノリで、楽しさが溢れんばかりの表情になっていて微笑ましかった。あぁ、大好きなんだなぁ。
上記の「Sing」「現象の花の秘密」のような例外もありつつ、基本的にヒラサワのボーカルパートはなく、ボーカル部分はヴァイオリンなどで再現されている。そして聴きながらふと思ったのは「SWITCHED-ON LOTUS」から切なさが消えているということだった。歌詞が頭に再生されるのに、堂々としていて格好良く聴こえるのだ。今まで「SWITCHED-ON LOTUS」をインストで聴いたことがないだけに気付かなかったが、これは曲だけ抜き出すと「格好良い」印象を与える曲なのかもしれない。
そういった小さな発見も嬉しい。
「ASHURA CLOCK」から「Timelineの東」に移ったときの曲調がガラリと変わる感覚が楽しい。この会場にはヒラサワのファンだけでなく、演者のご家族もたくさん来ているようだった。己の隣の席のご夫婦もお子さんの晴れ姿を観に来たようだ。指で丁寧にプログラムを追って、どの曲を演奏しているのか把握しようとしている姿が愛おしい。この方々にとっては、もしかしたら今日この日がヒラサワ楽曲との初対面かもしれない。オーケストラを組んで演奏したいと思うほど好きな楽曲のそれぞれを知ってどんな印象を抱いただろうか。興味深い。
演奏だけでなく、差し込まれる小ネタも素晴らしかった。演奏終了後にステージ袖から現れたのは、まさかの会人のマスクを被ったスーツの男。抱えたダンボールを指揮者の志村健一氏に指し出し、蓋を開ければ中から出てくるのはスプレー缶、そしてハエの舞う音! 志村氏がスプレー缶を握り、ステージを舞うハエの音に向けて噴射する遊び心。そしてさらに、もう一つダンボールが運ばれ、開けてみれば見事に再現された銀色のノモノス! ここでも志村氏が「ハーンド、マイク★」と声高らかにノモノスを天へ掲げてくれた。何て良い人なのだろうか……。
「CHEVRON」での「ギュィイイイイイン」という音の再現も素晴らしかった。つくづく、ステージ全体を見渡せなかったことが悔やまれる。細かい音の一つ一つがどの楽器から、どの動きから発せられていたのかこの目で確認したかった。楽器に詳しくないため、気になる音があってもそれがどの楽器のものなのかわからないのだ。
全体を通して耳に残った軽やかな「ポンポンポンポン……」という音がすごく好きだったのだが、あれは何の楽器だったのだろう。鉄琴か木琴か、そういった楽器のような気がするのだが、わからない……。
そういえばオーケストラと馴染みが薄いため、指揮者とはこんなに頻繁に出たり入ったりするものなのか……という驚きもあった。忙しくて大変そうだ。
いつかヒラサワの楽曲を本物のオーケストラで聴いてみたい、と夢のように思ったものだが、まさかその夢が現実になるとは思わなかった。それは同じように、いつかヒラサワの楽曲をオーケストラで奏でてみたい、と夢のように思った人々がいたからで、それを夢に留めない実行力があったからだ。これだけの人数を揃え、準備を整え、開催までこぎつけるのは並大抵のことではなかったに違いない。
次があるなら次は是非、有料での開催を。今度こそお金を払って観せていただきたい。
【第一部】
Switch On!
AmigaOS4.0起動音
山頂晴れて
千年女優メドレー
~千代子のテーマ
~縦列風
~Run
~ロタティオン[LOTUS-2]
パプリカメドレー
~パレード
~暗がりの木
~逃げる者
~追う者
~白虎野の娘
妄想代理人メドレー
~夢の島思念公園
~幸福
~勇者
~夢の島-期待
~白ヶ丘-マロミのテーマ
【第二部】
ベルセルクメドレー
~Sign
~Ball
~BEHELIT
~Monster
~Fear
~EARTH
~BERSERK -Forces-
賢者のプロペラ
SWITCHED-ON LOTUS
ハルディン・ホテル
Aurora3
CHEVRON
ASHURA CLOCK
Timelineの東
現象の花の秘密
幽霊船
クオリア塔(HG-G)
ナーシサス次元から来た人
万象の奇夜
MOTHER
WORLD CELL
~アンコール~
現象の花の秘密(観客のリクエスト)
バンディリア旅行団