デビュー30周年記念アコースティックライブ【ウタノコリ~転がる石であれという】 (2018年10月20日)
水戸さんの歌声は迸るエネルギーが具現化したものだと思う。今日この日も、朗々と響く太く美しい歌声を全身に浴びて、頭から、胸から、爪先から、漲るエネルギーを吸収する心地を得た。
それはとても有難く、気持ちの良い時間だった。
水戸さんのアコースティックライブはいつもパワフルで、これがアコースティックライブなのかと疑うほどにいつも水戸さんは大汗を流しながら熱気を纏い、全力で歌っている。楽器はピアノとパーカッション。腰痛により急遽参加できなくなった澄ちゃんのギターが聴けないことは寂しいが、代打で参加してくれたパーカッションのナカジマノブさんの存在感は一入だった。澄ちゃんの不在を残念に思いつつ、そのうえで何一つ損をしたとは思わない、むしろ貴重なものが聴けて嬉しいと思える素晴らしいライブだった。
五月に発売されたアルバム「ウタノコリ」に収録されている楽曲を中心に、アンジーからソロ、3-10Chainなどの幅広い楽曲が演奏された。一曲目で深く息を吸い込む水戸さんを見て、もしやと思えば予想的中。天井から壁までビリビリと声が伝うような、静かな迫力の中始まったのは「マグマの人よ」。この歌の迫力に引き込まれながら改めて思う。水戸さんの歌声の素晴らしさと、上手さと、エネルギーをこの身に浴びられる嬉しさを。そしてこの世の多くの人が、この歌声の威力を知らずに生きていることを惜しいと思う感情を。
強制しようとは思わない。殊更に布教しようとも思わない。ただただ、惜しいと思う。この歌声の響きが新大久保の労音大久保会館に留まっていることが。この歌声の威力が届かない人の耳があることが。
故にありがたいと思う。出会えるきっかけを得られたことに。同時に寂しいと思う。もっと届けば良いのにと。
扇さんの煌びやかなピアノの調べとノブさんによる細やかなパーカッション。ポコポコと響くコンガの音に、涼やかなタンバリンのリズム、耳に優しく切ない鈴の音。あのパワフルで元気な、人間椅子とのほほん学校での姿しか知らない己から見れば、とても繊細で優しくて、楽曲に合う音を慎重に選んで鳴らしてくれる様子が職人の手仕事のようにやわらかくて、この音を聴けることが嬉しくてならなかった。
ノブさんがここに来てくれたのは本当に運が良かったそうだ。普段が忙しいのに、ちょうどぽっかり空いていたという。澄ちゃんの腰痛による欠席が決まってから、水戸さんは急いであらゆる人々に連絡をとったそうだ。扇さんと二人でこなすことも出来るが、もともとそういう編成ならまだしも既に三人での演奏と発表してしまった後では観客から可哀想にと同情され、行き場のない母性が降り注がれるのではなかろうかと危惧したと言う。母性の降り注ぐ中でのライブは確かにまぁ、やりにくかろう。
そんな中での救世主の一人がノブさんである。ノブさんは連絡をもらったとき、用件を聞けなかったため水戸さんと趣味を共にするボードゲーム合宿かな、他には誰が来るのかなとうきうきしていたそうだ。あぁ、そんな中でライブに参加してくれたこの事実、本当にありがたくて仕方がない。
ノブさんの演奏の中で、特に印象に残っていたのは「天国ホテル」だ。シャンシャンと涼やかに鈴の音を鳴らしてくれて、それが実に美しく、切なかった。ツアーで焼肉定食を食べ、牛串を食べ、さらに夜に焼肉を食べ、水戸さんや扇さんがそろそろ収束に向かう中でさらにご飯をおかわりし、水戸さんに一日で牛一頭食べたと言われる人物とは思えないような、穏やかな手つきで楽器を鳴らしてくれた。
あの楽器に向かう目つきも覚えている。水戸さんの歌声と扇さんのピアノに調和する音を奏でる指先を操るその目は、ムードメーカーのアニキ像とはまた違った、涼やかな色をしていた。
ありがとう、ノブさん。
嬉しかったのは新曲の「浅い傷」が聴けたこと。デビュー三十周年を彩る楽曲にしてはネガティブな印象を与えるかもしれない……と水戸さんは仰るが、己はそうは思わない。転がり続けながら活動を続ける水戸さんが、そうしてずっと歌声を響かせてくれる水戸さんが、己は大好きだ。本当に死ぬほど、大好きなんだ。
嬉しかったよ。「センチメンタル・ストリート」が聴けたことが。嬉しかったよ。この曲で客席に下りてきた水戸さんと、拳をコツンとぶつけられたことが。そんな、水戸さんにとっては小さなことかもしれないことで、勇気とエネルギーを得られる人間がいるんだよ、と伝えたい。
澄ちゃんの欠席に伴い、各所へゲスト出演を依頼しセットリストを組み直すどさくさの中で紛れ込んだ一曲が「めぐり逢えたら」。曰く、扇さんが好きだからと紛れ込ませたらしい。歌った後に水戸さんは、この曲は五分ほどで書いた曲で、自分について省みることなくただただ都合の良いことを言っている歌詞だ、と分析していたのがおかしかった。
そのうえで、この曲を聴けたことが嬉しいし、紛れ込ませてくれた扇さんに感謝である。
今回唯一のカバー「マイウェイ」を熱唱する水戸さんを観て、ついついオーケンとうっちーの仲直りを連想してしまったのだが、その歌声の威力は雑念を振り払うほどのものだった。改めて思う、水戸さんは……、歌がうまい。とても。とてつもなく。
席に座っているのがもどかしいと感じるほど。拳を振り上げ、煽られれば歌い、立ち上がりたい衝動を抑えつつひたすら水戸さんと見つめる三時間。本日は新大久保駅でトラブルがあり、駅から出られず会場へ向かえなかっただろう人もいたことを水戸さんは聞いていたという。実はと言うと会場に着いたとはいえ己も他のでもないその一人で、新大久保駅に着いたと思ったら一歩も動かない人の海がぎゅんぎゅんになっていて、しばらく待ったもののどうにもならないため山手線で隣の駅の高田馬場へ移動、そうしてタクシーに乗ろうとするもタクシー乗り場は長蛇の列で……という塩梅で、通常であれば新大久保駅から十分で着く会場に、新大久保駅から会場まで一時間もかかった。それでも間に合ったとは運が良かったと思うし、開演時間を遅れても一曲目から全て聴けたのは、言葉にはされていないながらも思いやっていただけたのではなかろうか……と思ってしまう。
最後、「偶然にも明るい方へ」を聴いて胸の前で手を握りつつ思ったことは、これからも来年もその先も、ずっと水戸さんの歌声を聴きたいということ。
あなたの歌声を知れた人生を己は幸福に思います。故に、これからもずっと堪能していきたいです。そのように、強く願って。