ウタノコリ~そっとあるがまま<アンジー時代から最新アルバムまでのアコースティックライブ> (2016年10月29日)

何て歌のうまい人なんだろう……と今更ながら惚れ惚れした。こじんまりとした温かい色合いのホール。もぎりのおじさんにチケットを渡したとき、「いらっしゃいませ」と上品に半券を返してくれたのが妙に嬉しかった。流れ作業のように半券をもいでいくライブハウスのスピード感もわくわくして高揚するが、この落ち着いた空気も心地良い。そして逸る気持ちを抑えながら、駆け出したい心を制しつつ階段を下りて会場に入る。並べられた赤い椅子はゆったりと配置されていて窮屈さを感じさせない。そして約一時間、空間に流れるボブ・ディランの音楽をそれと知らずに聴きながら、己はうつらうつらしていたのであった。最近どうにも慌しく、とても体が疲れていたので。

そうして始まったアコースティックライブ。ボーカル、ギター、キーボードの三人の編成。己は前から四列目の端に座り、ステージ全体を眺めながら空間全体に響き渡る水戸さんの声に聴き惚れていた。シンプルな編成だからこそ、より一層際立つ水戸さんの歌唱力。広々とした声の豊かさ。気持ちよくその声を全身に浴びながら背もたれに体重をかける安心感。それでいて、シンプルながらも決して物足りなくない音の重厚感。幸せだなぁ、と思った。

そんな、この日のセットリストは下記の通りである。


地図
カナリア

ぶち抜けBaby!!
人間ワッショイ!
ムードは最低

光あれ
大事な人よ
ふたりは

あるがまま
銀の腕時計
ホテルカリフォルニア

奈々
ヴィヲロン
知らない曲(「アモーレ」という言葉が出てきた。イタリアっぽい。カバー?)
天井裏から愛をこめて
でくのぼう
センチメンタルストリート

~アンコール~
知らない曲(インストゥルメンタル。)
雑草ワンダーランド
素晴らしい僕ら

~ダブルアンコール~
袋小路で会いましょう


「ヴィヲロン」の位置にやや自信を持てないが、だいたいこのあたりで間違いないはずである。本編は「地図」で始まり「センチメンタルストリート」で終わったのが印象的だった。一日一日を消費しつつ、地図という名の夢を掴むためひた走る男の歌と、青春の中で挫折を味わい続け、夢を諦めることを考えながらも、何とか前に進もうとする男の歌。前者は力強く勇気付けられ、後者は切なくも願いたくなる。この「センチメンタルストリート」を聴いて、また本編の一曲目に戻りたいと思った。そして自然と、アンコールの手拍子をしながらも、一曲目から順々に反芻したのである。

タイトル通り、アンジーの曲から最新アルバムまで楽しめるアコースティックライブ。アンジーのレア曲では「ムードは最低」が歌われた。セットリストを作るにあたり自分の曲目を見直したところ発掘した曲だそうで、水戸さん自身も忘れかけていたそうである。冒頭の「ムードは最低!」まではわかるにしても、それからどのように繋がるか思い出せなかったそうだ。

「光あれ」は水戸さん押しの一曲で、人生に絶望した男が神に祈ったら、異常に明るい神が下りてきてしまってホンジャラマカホイホイ、な楽しい曲。この一曲の中でのテンションの変わりっぷりはいつ聴いてもすごい。

今回の目玉の一つは「ふたりは」。演歌歌手が握手をしながら客席を回る姿を見て作ったため、ライブでの客席めぐりありきの曲とのことである。ただ、水戸さんが客席を練り歩きながら歌い、手を握ったり顎を持ち上げたりとサービス全開のパフォーマンスを行うため客がそっちに集中してしまい、「曲の良さ」が伝わっていないのではないか? ということで今回だけはパフォーマンスなし、ステージから離れず歌に徹したとのことである。

これがすごかった。「ふたりは」と言えば、あのパフォーマンスがある曲、という印象が強かっただけに、ステージにどっしりと構え、朗々と響く歌声を聴かせてくれる水戸さん。十一回目の不死鳥で、水戸さんとオーケンが「ふたりは」のバラードを歌ったときも、客席めぐりがなかった。そこで「あ、これこういう曲だったんだ」と気付いたことがあったのだが、今日このとき。この曲が本来持っていた魅力を知ったのだった。

そして「ふたりは」以上に圧倒されたのが「ホテルカリフォルニア」。この曲は今までのライブでも一回か二回聴いたことがある。しかし聴いたことがあるだけで、歌詞を把握しているわけではない。だが、歌詞がスッと頭の中に入ってきて、物語が胸に浸透する。水戸さんの歌の言葉の聞き取りやすさに感服すると共に、歌による説得力と声に精神を揺さぶられる。この曲が終わってから、ずっと後ろの席の人が泣き続けていた。

会場全体がしょんぼりした空気に包まれてしまい、水戸さんもそこまでするつもりはなかったと言いつつ、長めのトークで盛り上げて「奈々」へ! 大好きな「奈々」! 楽しかったーー!! この「奈々」の中では客いじりも。皆で「なーななーななななーなー♪」とヴィジュアル系バンドのファンの如く手扇することを求められ、精一杯それをやる! 楽しかった。

「ヴィヲロン」は途中で別の曲になったのだが、何の曲だかわからなかった……。何かのカバーのような気はするのだが……。

「ヴィヲロン」の次、だったかな? これも知らない一曲で、何となく何かのカバーのような気がしたが、違うかもしれない。イタリアっぽい曲で、「アモーレ」などの単語が入った陽気な曲。ここで! 「ふたりは」でなかった客席めぐり! が!

てをにぎってもらえてとてもうれしかったです。

「ティー・アモ」だったかな? 何かを英語で言うと「アイラブユー!」という流れで「天井裏から愛をこめて」に! 久しぶりに聴いた気がするなぁ。この当たり前のように客席が盛り上がる感じ、とても楽しい!

「でくのぼう」「センチメンタルストリート」と盛り上がって終わり、アンコール一曲目はインストゥルメンタル。「名曲!」と紹介されていたものの、どの曲かわからなかった……! カバーだったのかもしれないが、そうじゃないかもしれない。何て言うかな。「大槻ケンヂと切望少女達」の「きまぐれあくびちゃん」冒頭の「デッデッデッデッデッデッデデデッ」という重い音、それが思い出された。

ダブルアンコールは「良い曲で」ということで「袋小路で会いましょう」。客席を練り歩き、歌いながらオーディエンスとタッチをしつつ、水戸さんは後ろのドアーを出て退場する。その後も曲は続き、ギターの澄ちゃんが締めるという珍しい演出。MC以外の場面で、彼がこんなに語っているのを見るのは初めてだった。

そして改めて感じさせられるのが澄ちゃんの声の美しさ。アコースティックで際立つ水戸さんとのコーラスの味わい。好きだなぁ。

水戸さんはボブ・ディランに思い入れがあるそうで、このツアーの中でもノーベル賞を受賞したボブ・ディランに対する祝福の意を込めて歌っていた、と冗談交じりで語っていた。よって開場から開演までボブ・ディランの曲を流したとのこと。先に書いた通り、己はそのときうつらうつらしていたためほとんど耳に残っていなかったが、自分が憧れている水戸さんにも、憧れている人がいる、と思うと急に近しい存在に感じられ、何だかとても嬉しかった。

気持ちよく帰路に着く。雑踏の中を歩きながらも満ち足りていた。