日記録2杯, 日常

2014年3月24日(月) 緑茶カウント:2杯

この季節はいつも何を着れば良いかわからなくなってしまって困る。そして結局冬の装いのまま外に出て、人々とのギャップに悩むのだ。とはいえ夜になれば冷え、春服を着て外に出たことを後悔することもしばしばで、かといって夜に備えて上着を持ち歩くのは面倒くさい。しかし冬服では暑苦しい。

悩む。悩むが四月も目前だ。今週末あたり、春物を買っておきたいものだなぁ。



日記録

2014年3月22日(日) 緑茶カウント:0杯

ついに、ヘルシングのOVAの、最終巻を見終わってしまった。

少佐を撃ち殺し、決着をつけ、その後三十年の歳月を経て、顔に刻まれる皺。薄い色のプラチナブロンド。あー格好良い。格好良かったよインテグラ………。

見終わった直後は虚無である。あぁ、観ることが出来て嬉しかった。その一言に尽き、同時にもう、観られない悲しみが波のように押し寄せ、続きを観たいという思いを押し込めつつ、この虚無を埋めるために、大好きな、「動物のお医者さん」のドラマDVDを借りてきた。

愛蔵版さえ持っているぞ! 大好きだ! 男女問わず愛される漫画だ。我がサークルにおいて、無論狭い範囲だが、「男女問わず愛される漫画ナンバーワン」に輝いた。とても良い漫画だ、そしてこれのドラマをリアルタイムで観たとき、心から満足したのだ。

「Heaven?」も良いよ。読みたまえよ。



日記録1杯, 日常

2014年3月22日(土) 緑茶カウント:0杯

その人はこともなげに話していたが、聞いている自分は冷や汗が流れる、ほどではないものの、胸騒ぎを感じ、これは良くない質問をしてしまったか、と狼狽した。

質問の内容は単純だ。「どこか、観光するに適した神社を知らないか」。

さて。自分の宗教は何かと問うならば、それは神道である。しかし自分の宗教というよりも家の宗教と言う方が正しく、また、それはたまたまそうであったに過ぎず、普段ことさらに神道を意識することも無い。家が仏教の家であったならば自分はそれを自然に受け入れただろう。坊さんの世話になるか神主の世話になるか、その程度の違いにしかならない。

とはいえ無宗教かと言われればそれも違い、お天道様が見ているのだから悪いことはすべきでないとか、そんな程度の宗教的意識はあるにはあるが、さほど他者の宗教に対してどうこう言うことは無い。まぁ、神道はそもそも教典が無いので、ゆるいのだ。意識が。よって気が回らなかったのだ。ゆるくない意識を持つ人に対しての配慮が。

不味い話題を出してしまったな、と思った。「鳥居をくぐってはいけない」「おみくじを引いてはいけない」「自分とこの教祖様だけを信仰しなければならない」、したがって、神社については詳しくない。自分が知りたいのは最後の「詳しくない」の箇所だったが、印象に残ったのは頭のところだった。あぁ失敗した。己は失敗したのだよ。

日本は宗教に対してゆるいもの、という思い込みこそ間違いだったのだなぁ。知らぬ一面を垣間見て、まぁ、こんなこともあるかと思いつつ。神社や寺はただの観光名所ではないことを今更に思い知らされるのであった。



日記録0杯, 日常

2014年3月20日(木) 緑茶カウント:0杯

何故今になってそんなことを詰問されねばならぬのだ。酒豪の友人と杯を交し合う最中、会話の流れで軽く質問をされ、それに答えていたらいつの間にやら質問攻めをされ、それもなかなか厳しい気配。何だ何だ、何故今になって、そんなことにそんなにまで厳しい口調で問い詰められなければならないのだ。そして何故友人は、これこれこうであると説明したことを全く理解してくれないのか。

と、友人の妙な迫力に若干の恐怖を感じていたのだが、後になってわかった。友人は素面の顔で泥酔していたのである。顔を朱に染めず、口調も明瞭のまま、脳みそだけがとろけきっていたのだった。

店を出た後道端にうずくまる友人を介抱しつつ、顔に出ないのも難儀なものだと思いつつ、己も気をつけようと自戒した。



日記録1杯, 日常

2014年3月19日(水) 緑茶カウント:1杯

頭ではわかっているはずなのに、「春分」「秋分」の読みを、一瞬いつも迷ってしまうのは、わかっているつもりでわかっていないのかもしれない。結局。

金曜日は祝日だったんだなぁ。気付かなかったよ。