よしよし自分の番だ、と前へ進んだところまでは緊張しつつも冷静だったのに、おいちゃんを目の前にした瞬間、己の脳はまっさらになった。自らおいちゃんの前に立っておきながら、「うおっうわっ本物のおいちゃんだすげえ近い格好良い……何でここにおいちゃんがいるんだ?」と思考停止したのである。それでも、しっかりと両手で握手をした自分はなかなか頑張ったのではないだろうか。
思わなかったよ、まさか筋肉少女帯の握手会に参加出来るなんて。
これは何度も書いたことだが、筋肉少女帯にはまったとき、既に筋少は活動休止状態だった。筋少のアルバムを集めつつも「新しい曲を聴きたい」という欲望が募り、オーケンは今特撮をやっていると知って特撮に手を出したものの、格好良いし、面白いが、何か違う、と思っていたのだった。それは特撮に対して失礼な聴き方だった。カレーもラーメンも等しく美味しいが、カレーを求めているときにはラーメンの美味しさを屈託無く味わうことが出来なかったのである。
それが、仲直りして、再結成して、ライブをやって、武道館公演を果たして、オリジナルアルバムを四枚、セルフカバーアルバムを一枚出して、握手会をやってくれているんだぜ。二十年ぶりに。感無量である。
握手会が行われたのは牛込神楽坂駅からすぐ近くのホール。座席指定で、壇上には長い机と椅子が並べられ、背後の幕の上には卒業式を連想させる看板が設置され、「筋肉少女帯握手会」の文字とメンバーの写真が飾られている。己はやや前方寄りの真ん中の席で、心の準備をする余裕を得られつつ、ステージも観やすく良い塩梅だった。それでも脳はまっさらになるのだ。大好きな人々を目の前にしたら。
会場は「THE SHOW MUST GO ON」がエンドレスで流されており、それがどうにもやはり嬉しい。ファンの入場が済むと、インストアイベントでも司会を務めたお姉さん、多分徳間のスタッフの方だろう、彼女が壇上に現れ、注意事項を説明する。御馴染みの撮影・録画の禁止のほか、まさに握手会ならではだったのは「握手の前に金属探知機でチェックをする」ということ。昨今の握手会での事件が由縁とは容易に想像がつくが、「金属探知機」という単語が出た瞬間、失笑とも言えぬ笑いがドッと起こったのが実に筋少ファンらしいなあといったところ。無論心配は杞憂に終わり、金属探知機が活躍する場面も問題を起こすファンも発生せずつつがなく終わった。良かった良かった。
司会のお姉さんの呼び込みによってメンバーが登場。何と! 橘高さんもおいちゃんも内田さんもバッチリステージ衣装で現れた! これには驚きである。特に橘高さん。インストアイベントのときのように、帽子を被ってサングラスというラフな格好かと思いきや、髪をふんわりさせ、しっかりと「筋肉少女帯の橘高文彦」状態。これは心底嬉しかった。
そんな中、一人だけ普段着で爆裂都市Tシャツにパーカー、ヒビワレメイク無しというラフな格好のオーケンがおかしい。
あと特筆すべきは内田さん。内田さんは「THE SHOW MUST GO ON」の衣装に身を包んでいるが、真っ黒のマスクで顔を隠していた。曰く、風邪を引いてしまったとのことで、かなり体調が悪い様子。そんな中で握手会を決行してくれたのはありがたくも申し訳ないというか。快復を祈るばかりである。
さらに、ファンに移してはいけないからと、アルコールのボトルを用意するという心遣いも。ボトルの小ささを突っ込まれていたが、もう出席していただけるだけで有難いですよ、とファンとしては切に思うのである。
握手会の前にまずはメンバーによるトークが繰り広げられた。今回の握手会が二十年ぶりということと、二十年前の握手会がレティクル座妄想発売記念に開催されたもので、「THE SHOW MUST GO ON」はレティクル以来にオリコンランクインしたこと。
橘「二十年ぶりの握手会ってことは、握手会やればオリコン入るってことか!」
大「わかりませんよ、それは今日の我々の対応にかかってますよ」
そして握手会が始まった。前列の座席の人から順番に前に出て、受付の際にもらった握手会券をスタッフに渡し、金属探知機で体を調べられ、壇上に上がる。自分の前に五列ほど人がいたので、握手会がどのように進行するか眺めていたが、ファンの後ろにスーツ姿のスタッフが待機し、流れが滞ると肩を押して次へと流す様子が見られた。これがなかなか、早い。あまり時間が無いようなので、伝えたいことをかなり簡潔にまとめる必要がありそうだ。
このように脳内で傾向と対策をシミュレーションしたが、おいちゃんを前にした瞬間、頭がまっさらになったのだった。言えたのは「ありがとうございます」程度。だが、両手でしっかりと握手することが出来たので、何とか頑張った、と思う。
次が内田さん。サングラスとマスクのため表情はほとんど伺えないが、今はとにかく来てくれていることがありがたい。緊張のあまり言葉が出なかったが、「お大事になさってください」と伝えることは出来た。
三番目が橘高さん。少し我に返り、緊張しつつも握手をしながら質問をしてみた。だが、緊張のせいか声が小さくなってしまったのかもしれない。橘高さんには聞こえなかったようで、「何?」と言いながら身を乗り出し、己の方に耳を傾けてくれた。
目と鼻の先に橘高さんのウェーブのかかった金髪がドアップ。
己の脳は爆発した。
薄い金髪が幾重にも重なり、濃淡のグラデーションを作っていて実に美しかった。爆発した脳で質問した。この時点で己の肩にはスタッフの手がかけられていたが、剥がされながらも橘高さんは己に答えを与えてくれた。脳が爆発した。
ウヲ「若さの秘訣はなんですか?」橘高さん「何?(耳を傾けてくれる)」橘高さん「若さの秘訣は…若いと思うこと!」
最後にオーケン。がっしりと握手をしながら思いを伝えると、やはりスタッフに剥がされながら離れていく自分を目で追いながら、しっかりと答えてくれた。会話が出来た! 会話が出来たのである!
ウヲ「ありがとうございます、また二十年後にやってください!」オーケン「二十年……六十…七十かぁ、頑張るよ!」
席に戻った後、己は少し涙ぐんだ。無理もないことだと思う。
夢心地の中で他の方々が握手をする様子を眺めていた。メンバーのサービス精神は素晴らしかった。特に橘高さん。スタッフに肩を押され離れていくファンの手をまるで引き止めるかのように最後まで握り続け、ファンが次のオーケンの方を向くまで目を見続けているのである。貴公子だ! 本物の貴公子だ!!
オーケンは握手の途中でマイクを取り、握手が終わった人々に対して「スマフォいじっていて良いですよ」と声をかけ、自身の咽喉が渇いた際には「ごめんね、咽喉渇いちゃって、飴舐めて良い?」とこれから握手をするファンに了承をとり、今後の物販用に「これからチェキを撮ります!」と宣言して握手会の様子をマネージャーに撮ってもらうなどして、握手が終わった後のファンも飽きさせないよう心配りをしてくれていた。こういうところが本当に好きだなぁ。
スタッフがどんどん肩を押して流したせいか握手会はサクサク終わった。恐らく、一時間かかるかかからないか程度だったように思う。終了予定時刻が二十一時前後で、握手会が終わったのは十九時半頃だったはず。
終わった直後、橘高さんが「二周目行くかぁ!」「朝までやるんじゃないの?」と言ってくれたのが嬉しかった。スタッフがファンを流すのが早すぎたことに対しフォローをしてくれたように思えた。
橘「あんなに早く剥がさなくて良いのにね」
大「筋少の癖にね」
橘「普段はだらだらやるのにこんなときだけ早い!」
大「ぼくがサイン会やるときは、二百人くらいで二時間かかるよ」
そこで、余った時間はフリートークに割り当てられることとなった。これはこれで嬉しい。
大「皆さん、握手のとき何を聞かれましたか?」
本「遠くから来たって方がいらっしゃいました」
曰く、熊本や富山から来た方がいたらしい。
橘「ベルギー」
大「ベルギー!?」
橘「冗談です! 何でベルギーって言っちゃったんだろう」
大「でもベルギーからだったら良いよね、筋少もワールドワイドで」
オーケン、同じ話題を内田さんに振る。
内「生姜とか蜂蜜とか、体に良いものを教えてもらいました。あと仲直りしてくれてありがとうって」
大「仲直りねー」
橘「ちいこいの歌良いって三人くらいに言われた。三百九十人中の三人! この会場だけだけど!」
と、言った後に「でも歌心に触れるのはやめて」と言うあたり、よっぽど恥ずかしかったらしい。そこにオーケンがかぶせに行く。
大「でもね、ぼくも弾き語りでギター心をね」
橘「へっ!」
大「ディスられた!」
橘「ちょっと仕返ししたかったの!」
そしてまた、ファンに何を言われたかという話に戻るが、同じことをおいちゃんに聞き、「さっき遠方からって言ったじゃん!」と反撃されていた。
オーケンはファンに「コンドロイチンはやめてください!」と言われ、何故だろうと思っていたが、トークの間にコンドロイチンではなくヒアルロン酸だったことに気付き、前回のライブでほうれい線が気になるからヒアルロン酸打とうかな、と言ったせいか~とこぼしていた。そのファンの方はスタッフに剥がされながら必死で「ヒアルロン酸は打たないでください!」とオーケンに伝えていたという。気持ちはわかる。とても。オーケンはそのままで充分格好良いです。
また、ファンからの要望には「椅子のあるところでやってほしい」というものもあったそうで、その流れでメンバーもステージに椅子に座ってやるのはどうか、という話が出た。
橘高「デーモンさんが怪我したときみたいに動く椅子を四つ用意するか」
オーケン「エディの分も!」
そして長谷川さんはドラムごと動くことになったのだが、ドラムごと動いてしまったらそれはまんまたまの石川さんではなかろうか、と思った。
この流れで真矢さんの回転ドラムの話や、真矢さん所有のお御輿の話が出た。お御輿を保管するためだけに倉庫を借りており、維持費もなかなかかかるらしい。そしてお御輿ではないが、筋肉少女帯もバンドで何かを所有しようという話に。
大「我々もバンドで何か買いましょうよ」
橘「ペットとか?」
大「何の動物にする?」
橘「犬とかいいんじゃない、小さい」
大「チワワとか」
橘「持ち回りで飼って、誰かの後に預かると躾が悪くなってるの」
そういえばどこかで、風邪のために声が普段以上に低い内田さんに対してオーケンが、男性は低い声でゆっくり喋ると男性ホルモンが出て老化対策になるんだよ、という話をしていて、アンチエイジングの知識を収集しているのだなぁ、頑張っているのだなぁ、と思った。
あと「レンタル筋少はどうだろう」という話もあった。寂しい夜やお誕生日にレンタルして、カラオケなどを一緒に歌う、セットで借りると割安に…という話だったが、これはいったい何の流れで話されたものだったかなぁ。
メンバーのトークが一段落したところで、スペシャル企画に移行するためいったんメンバーが退場。しかしその後もメンバーのトークは続くのであった。
このあたりで話されたのは最近の話だったかな。先日の十一月二十一日に橘高さんがデビュー三十周年! を迎えた話になり、三十周年記念のライブチケットが発売されて完売したこと、来年もイベントをやっていきたいので筋少メンバーに協力をして欲しいという話に。そこでオーケン、同期に誰がいるの? と橘高さんに問う。するとTUBEが同期にあたり、AROUGEでNHKに出演するためのオーディションを受けたときに会ったと言う。そこから話が転がりNHKオーディションを筋少が受けた話に。オーケンは一人で受けたと記憶しているが、内田さんはオーケンと太田さんと三人で受けたと主張。びっくりするオーケン。三人ということは仏陀Lかシスベリのときかと言う橘高さん。ところが歌ったのは「これでいいのだ」ということで、つまりおいちゃんも橘高さんも既に在籍していたはず。結局、それぞれの記憶はバラバラという結論に至った。
大「みなさんも調べてみてくださいね。意外と最初のライブの記憶とか、調べてみると違うかもしれませんよ」
「最近どう?」の話題の中で、オーケンがおいちゃんに「映画観てる?」と話を振り、おいちゃんが観てると答え、タイトルを言うとファンが観てくれるよとオーケンが言ったものの、「今度Twitterで書きます」とおいちゃんが答え、「ガラケー馬鹿にして!」と憤る場面もあった。でもオーケン、ガラケーでもTwitter出来るよ! やってるよ!
それとももクロとKISSが今度一緒にライブをやるという話で、橘高さんは関係者の力に頼らず自力でチケットを取り、購入まで三十分かかったと語り、いつも自力でチケットを入手するファンの我々に対し「君達すごいね!」と褒めてくれた。オーケンから伝手を使ってチケットを入手しないかと聞かれていたが、橘高さんは友達のライブでも、きちんとチケットを購入して入場し、その後「よう!」と声をかけてジーン・シモンズに「来てたの!?」と驚かれるのが良い……と冗談を語っていた。
楽しいトークの後はスペシャル企画について。スタッフのお姉さんに「スペシャル企画について説明してください」と振られ、「えっ……」と驚くメンバー四人。誰が話すかと言う打ち合わせをしていなかったらしく、ダチョウ倶楽部のノリで橘高さんが「俺がやる」と手を挙げるが誰も付いて来ない。それに対し橘高さんが「お前ら乗ってこないよな!」と憤り、オーケンが「ぼーっとしていて企画の内容をちゃんと聞いていなかった」と告白。結局橘高さんが説明してくれることになった。
スペシャル企画は何と、メンバーがくじを引き、当たった人が所有しているトレーディングカードにサインをしてくれるというもの。なるほど、だからトレーディングカードの持参が促されていたのか!
この企画説明中、オーケンがマフラーを首に巻く動作の中でマイクか何かを床に落として「ゴドッ!!」という音を鳴らして橘高さんの説明を中断し、どうせ自分は水や珈琲をこぼすのだ、二十五年こうなんだ、知っているだろう、という内容のことを言って逆ギレし、橘高さんが「この子はごめんなさいと言わないで逆ギレする!」とたしなめるという漫才のような場面があった。
スペシャル企画が終わった後もトークは続き、最後は座席に座るファンとともに写真撮影を行い、浸透しなかった決め台詞、「THE SHOW MUST GO ON!!」の掛け声で締め。最初から最後までサービス精神たっぷりで、非常に楽しいひとときだった。握手のとき、オーケンはファンに「長生きしてほしい」と言われたことが多かったそうだが、切にそう思う。どうか健康を大切に、長生きをして、これからも我々ファンを魅せ続けて欲しい。そしてまた二十年後に握手会をやってほしい。そのときには今のオーケンと同い年の自分が会場に足を運ぶだろう。喜び勇んで。