未分類3杯, インストアイベント, 筋肉少女帯人間椅子, 非日常

タワーレコード渋谷店地下一階のイベントスペース「CUTUP STUDIO」。タワレコ渋谷店にはこれまでにも何度となく足を運んだが、この中に立ち入るのは初めてだ。こじんまりとしていて床に傾斜は無く、奥のステージはあまり高くない。己の整理番号は真ん中よりもやや前なので、ステージ前には既に人垣が出来ており、ステージを目に入れるのはなかなか難しかった。だが、左右の壁の見上げる位置にモニターが設置されており、イベント中はステージの様子が映し出されていたため、何とか観覧することが出来た。

イベントが始まると共に、ステージに現れる筋肉少女帯人間椅子のメンバー。上手から、ノブさん、おいちゃん、研ちゃん、オーケン、ワジー、うっちー、ふーみんの順である。まずは自己紹介を…ということでオーケンが仕切ろうとしたのだが、上手と下手がどっちか未だにわからないと告白。おいちゃんが、こちら側が下手だよと教えてあげていた。

ちなみに衣装はというと、人間椅子のメンバーは全員アロハ。ワジーのアロハはアメ横で買ってきたものだそうである。対して筋少はてんでバラバラな格好で、アロハを着ているのはオーケンだけだった。しかもオーケン、最初は特典のTシャツだけ着ていて、アロハは後でスタッフに持ってきてもらって上から羽織っていたので、筋少側のアロハ率はゼロになるところであった。この統一感の無さは素晴らしい。

衣装では無いが、特筆すべきは橘高さん。何と黒髪! 先週のアルージュのライブで黒く染めた…もとい、十八歳に戻った名残だそうである。「印象変わるね」「猫のテブクロのときみたいだね」とメンバーにコメントされていた。己の立ち位置からはモニター越しにしか観ることができなかったが、レアな姿を見られて得した気分である。

また、ジャケット写真で橘高さんが持っていたピンクのフライングVのウクレレは、オーケンが見つけて橘高さんが自腹で購入したものだそうである。

イベント内容はトークがメインで、最後に一曲アコースティックで「地獄のアロハ」が演奏された。トークは順番が前後するかもしれないが、印象的なところだけ書き記しておこうと思う。

まず「地獄のアロハ」の作曲者について。どこに誰の作った曲が使われているかを解説してくれるコーナー。作曲者はワジー、うっちー、おいちゃん、研ちゃん、ふーみんの五人で、クレジットされている順に各々の曲が使われているという情報は得ていたものの、どこがどれで誰だかまではわからなかったのでありがたい。

曲の出だしの「退屈な日々ふぁ~」のハワイアンなところはワジー作曲。ハワイアンなCDをいくつか買って勉強して作ったものだそうで、ワジーオリジナルとのこと。そして、「ウェルカムトゥーザダ~クサ~イド」から「ダダダッ!」で始まるところもワジー作曲。ワジー曰く、ここは「筋少っぽい」と言われることがたびたびあったそうである。オーケンは内田さんの曲っぽいと思ったらしい。

「ロコモコでも食べるか~い」からが内田さんで、ヘブンリーバージョンでピアノが入る、「こーこーろーのーくーらーやーみーにー」の箇所がおいちゃんで、ここに研ちゃんのリフが使われているそうだ。研ちゃんが「リフだけなのに名前入れてもらっちゃって…」みたいなことを言っていた。そして終わりのところが橘高さんだそうだ。ここまで混ぜたワジーがすごい。

それと今回、ドラムはノブさん一人ということで、「ドラムを叩くうえで、この人のはやりづらかったとかある?」という質問が。「えっ!?」と返答に窮するノブさんに、さらに「じゃあ合わなかったのは?」「人間的に合わなかったのは?」と畳み掛けるメンバー達が面白かった。

歌詞は「退屈な日々ふぁ~」「ロコモコでも食べるかい」「僕らは筋肉少女帯人間椅子」がオーケン。オーケンとワジー二人で作詞をするので、持ってきた歌詞そのままではなく、二人で調整していったらしい。そして当初「ロコモコ」はワジーによって別の言葉に差し替えられそうになったのだが、オーケンが「ロコモコは耳に残るから残したい!」と主張し、生き残ったそうである。

また「僕らは筋肉少女帯人間椅子」と曲中でいきなり自己紹介する歌詞にワジーは面食らい、いかがなものかと思ったらしいのだが、それをオーケンに指摘して良いか悩み、一度内田さんに相談をしたという話が面白かった。「まずは親友の内田くんに、ここについて言っていいか聞いてみようと思って…」と。内田さんはかる~く「大丈夫じゃな~い?」と答えたそうだ。

あと歌詞で、オーケンが「DEATH」という言葉を入れようとしたのだが、ワジーが「ネガティブな言葉をそのまま入れるのは良くない」と止めたらしい。その流れで犬神サーカス団の機材車が全焼した話になり、そのことを知らなかったオーケン「トークしている場合じゃないじゃん!」と驚いていた。

歌詞の話題の次はヒストリーブックの話だったかな? 内田さんと研ちゃんのベーシスト同士でどんな濃い対談が載るのだろう…と思って読んでみたら旅行の話と紅茶の話ばっかりだった! とオーケンや橘高さんが言っていたのが面白かった。ここで内田さんと研ちゃんが弁解。実際は濃い話もたっぷりしていたのだが、そこは使われなかったため、旅行の話と紅茶の話だけになってしまったそうである。

この紅茶の話はトークの後半でも蒸し返され、今度もし筋肉少女帯人間椅子でまた曲を作れることがあったら、紅茶をテーマにしよう! と冗談が飛ばされていた。

ジャケット写真の研ちゃんが異様にでかいという話題も出た。研ちゃん自身、でかいと思ったそうなのだが、何かのチラシに使うようの写真だろうと思ってスルーしていたらジャケットに使われてしまったそうである。ここでオーケンが、昔だったら情報が少ないから、地方の人は信じちゃうだろうね、それでライブで本物を観て「でかくないじゃん!」と思うの、というようなことを話して笑いをとっていた。

筋肉少女帯と人間椅子を絵画に例える話は興味深かった。筋少は空白恐怖症なところがあり、絵画で例えれば油絵。キャンバスの地の色が見えなくなるまで油絵の具を重ねていくスタイル。対して人間椅子は水彩画で、最初に描いた線が大事で、紙の色はもちろん、重ねた色も透けて見える仕上がり。この両者の違いの表現の仕方は実にわかりやすいと思った。それを意識しながら各々の楽曲を聴くとまた発見がありそうである。

筋肉少女帯も人間椅子も、「筋肉少女帯人間椅子」を今回だけで終わらせるのはもったいないと思っているようで、「毎年一曲ずつ新曲を出したら十年後にはアルバムを出せるね」「十年後だったら六十歳かぁ、還暦かぁ」「そのときは赤いちゃんちゃんこで」と夢のある話が広がっていた。「地獄のアロハ」は「筋肉少女帯人間椅子」の自己紹介的な曲なので、では、紹介したからには、見せ付ける一曲を作って欲しいなぁと思う。今後の活動が楽しみである。



日記録3杯, 日常, 筋肉少女帯

2015年5月14日(木) 緑茶カウント:3杯

発売日前日にフライングゲットしてから、筋肉少女帯人間椅子の「地獄のアロハ」を聴いて聴いて聴きまくっている。中でも筋肉少女帯がカバーした「ダイナマイト」を聴いて聴いて聴いて聴きまくっている。

原曲の「ダイナマイト」は、免許を質に入れ無一文になりながらも、なおも血眼になりながらパチンコを打ち続ける男の必死の形相が目に浮かぶ凄まじい楽曲だが、これをパチンコをやらないオーケンが歌ったものだから、怒涛の如く駆け抜ける演奏をバックに元気で楽しげでお気楽な声が響き渡るのだ。何とも言えない妙に味わい深いカバーである。原曲で歌われる男の隣で歌っていたらぶん殴られそうである。

そしてまた、己もパチンコを全く知らず、“「3」で当たれば小当たり”や“連チャン”が何を意味しているのかよくわからず、何と無くフィーバーしていることが感じられるものの、いや無一文になるくらいだからフィーバーはしていないよなぁ、とどういう状況なのか把握出来ないため、何度も聴いているのにいつまでたってもどこかぼんやりしている。曲を理解するためにはパチンコを勉強する必要があるだろう。まさかその必要性を感じる日が来るとは思わなかった。

しばらくはダイナマイトフィーバーが続きそうである。パチンコには行かないけれど。にーれんちゃん!



日記録3杯, 日常

2015年5月10日(日) 緑茶カウント:3杯

メンズとレディースとキッズの衣類が混在する衣装ケースの中を見ると、なるほどーここのお宅は三人家族なのね、と知らない人なら思うかもしれないが、実際にこの部屋に住んでいるのは人類一人であり、メンズレディースキッズの衣類も、並べてみれば全て似たようなサイズなのである。

好みの服をどこで買うか。これは己にとって大きな課題で、それはサイズの問題によるものなのだが、これまではメンズとレディースから選んできて、おかげでシャツのあわせがどっちが上でも違和感があったりなかったりするようになってしまった。そしてここでキッズが追加。ついに三種類に成り果てた。

よくよく考えてみれば己は小学中学あたりからほぼ身長が伸びていないのである。じりじり伸びたがその程度なのである。と、いうことは。つまり別にキッズサイズでも問題ないんじゃね? キッズの大きめの奴ならぴったりなんじゃね? と思い、試着してみたらぴったりだった。ぴったりだったので買った。

最近の子供服は大人っぽいデザインも多いので違和感も無く。ただ後日、友人と一緒に買い物に行ったとき、「キッズサイズ見てくるわ」と行ってそのコーナーに向かったら、友人は冗談だと思って笑っていたのだが、本気で物色し始めてさらに試着までし出した己を見て仰天していたのが何だかとても面白く、愉快な気分になれたのだった。

不便であり便利である。なかなか楽しい。



日記録3杯, 日常

2015年4月15日(水) 緑茶カウント:3杯

人に会うのは楽しい。遊びに行くのも呑みに行くのも楽しい。しかし楽しさを感じるためには、楽しさを感じるためには、どうしても一人の時間が必要なのである。己の場合。

ここ数日己はストレスを溜め込んでいて、上手く発散出来ずにいて困っている。原因は知れている。人付き合いに疲れているのだ。ゆえに、ここをどうにか解決しなければならないのだが、その方法を見つけられないでいるのである。

有難いことだと思う。頻繁に遊ぼう呑みに行こうと誘ってくれるのである。出会って数ヶ月しか経っていないにも関わらず、一足飛びに垣根を飛び越えて来てくれるのである。だが、だが、有難いのだが、その垣根はまだもうちょっと垣根として機能していて欲しいんだ。つまり、距離感を縮めるスピードに違いがありすぎるのである。そしてまた、「一緒に遊びたい」と思う頻度に開きがありすぎるのである。

今までの交友関係を思い返すに、長続きをしたのは「ずっと一緒」じゃない友人ばかりである。一度も同じクラスになったことが無かったり、そもそも学校さえ違ったり、同じサークルに所属していても会うのはせいぜい週に二回程度であったり。大学時代、サークルの友人達はいつも空き教室に集まって昼食を摂っていたようだが、己はそれに参加せず、たまに顔を出す程度であった。どんなに気の合う友人でも毎日一緒だと疲れてしまうのである。そしてそれを知っているから、意識的に一人の時間を作るようにしていたのである。

呑み会は楽しい。楽しいが、家に帰って、自分で夕飯を作り、風呂に入り、お茶を飲み、日記を書いて一日を思い返し、ぼーっとする時間が無いと息が詰まるのだ。また、その時間を確保出来るからこそ、誰かと一緒にいることを楽しめるのである。ところが誘ってくれる人は常にわいわいするのが好きらしい。そのため頻繁に誘ってくれるのだが、そのたびに断っていて、断ることに罪悪感を抱き、それがまたストレスになっている。

あぁ、何と言う悪循環! 一人で電車にでも乗って、ぼーっとしながら旅に出たい。あてどもなく! どこまでも!



日記録3杯, 日常

2015年3月14日(土) 緑茶カウント:3杯

一人暮らしを始める際に実家から持ってきたブラウン管テレビを今までずっと使用してきたが、先日映らなくなってしまった。その前からも具合が悪く、映像がブレることが多々ありつつも、バンバン叩くと直っていたのでバンバン叩きながら使っていたが、ついに事切れてしまったのだ。

正確な年数は定かでは無いが、購入してから十五年ないしは二十年は経過しているだろう。よく持ってくれたものである。このテレビはもともと父が単身赴任をしているときに買ったものだ。単身赴任が終わって自宅に持ち帰られてからは、主に己がゲームをするために使っていた。これでよくぷよぷよやマリオRPGをやったものだ。

壊れたテレビに接続している録画機器は今は懐かしいビデオデッキ。VHSのビデオテープも傍らに置かれている。こちらはまだ使える。なかなか息が長いと思う。

これを機にいっそテレビを処分するか、とも考えたが、たまに観たい番組もある。そして何より、ライブDVD再生装置がパソコンだけではやや不便だ。では、ついに買うかなぁと電気屋に足を運び、薄型テレビを購入した。ついでにブルーレイレコーダーも。驚いたよ。電器屋に行ったらDVDレコーダーは今じゃあもう売られていないと教えられたんだぜ。ブルーレイレコーダーでDVDも観られるそうなんだぜ。知らなかったなぁ。

そんなわけで分厚いブラウン管テレビは薄型のフルハイビジョンテレビと入れ替えられ、ブルーレイレコーダーが導入され、ついにで同時期に十年物のトースターも壊れたため、以前よりも奥行きのあるトースターも我が家の一員に加わって、満足感を得つつ、財布の中身を確認することに恐怖を抱く、そんな日である。ひゃっほう。