2014年2月3日(月) 緑茶カウント:1杯
その店の暖簾をくぐったのは二回目である。一度目に来たとき、また来ようと思ったのはラーメンの味よりも店員が印象に残ったからだった。そのラーメン屋は近所の商店街にあり、前を通り過ぎることは幾度と無くあったが、中に入ったことは無かった。贔屓の中華料理屋が近くにあったことと、その界隈にラーメン屋が集中していたことが理由である。店の数が多いと、迷った挙句に冒険心を失い、いつも行く店にばかり足を運んでしまうのだ。
しかし贔屓の店は夜しか営業していない。よって自分がラーメンを食べるのは専ら夜が常であったのだが、ある日の昼間、無性に腹が減ると同時に寒さに震え、どうしても温かいものを腹に入れたくなったのだ。温かいと言ってもハンバーガーやスパゲティは違う。汁物だ。温かな汁を啜りたかった。
そして自分はそのラーメン屋に初めて入り、カウンターの奥で働く店員を見て、あぁ、ここは愉快な店だな、と好感を覚え、また来ようと思って店を出て実際また来たのだが、たった一ヶ月やそこらで店員の愉快さがバージョンアップし、好感は恐怖に摩り替わったのだった。
「ホァチャチャチャチャチャチャチャチャチャチャチャチャチャ」
「うっひょおーーーーーーーーーい!」
「おまたせしましっとぅああ~~~~、ン♪」
「お気遣いな、くぅううううう~~~~~、ン♪」
まな板でネギを刻むリズムに合わせ、一心不乱に「ホァチャチャチャチャチャ」と叫んでいる、のではない。まるで北斗の拳を連想させる奇声を、カウンターの奥でふらふら歩きながら唐突に呟き出すのである。
さらに、いったいどこでスイッチが入るのかさっぱりわからないのだが、やはりこれも急に、浮かれた声を挙げるのである。カウンターの奥にはもう一人店員がいて、ラーメン大盛りの注文が入っただのトッピングは何だの新しい湯を沸かせだの、業務に関するやりとりをしつつ、いきなり一人が奇声を上げ、ごくたまーにもう一人が「うるせえ」と呟くのである。
また、奇声を上げる店員には語尾に独特の癖があり、言葉の後半を伸ばしに伸ばした後、ぶりっ子のように可愛げな声を出すのだ。年の頃は自分と同じか少し下くらいだろうか。とりあえず成人男性であることは確かである。ラジオの曲に合わせて歌うのも好きらしい。とても元気良く絶唱していた。だが、ずっと歌っているわけではなく、ほんの一節大声で歌っていきなりピタリと歌い止め、「うっひょおーーーーーーーーーい!」と叫んだりするのである。
初めてこの店に来たときは、カウンターの奥で店員が、ラジオから流れるポップスのサビのところだけ、楽しそうに歌いながらラーメンを作っていて、あぁ、楽しそうだな愉快だな、と好感を覚えたのであるが、何がどうしてこうなったのだろうか。いや、そもそもあのエグザイルらしき曲を口ずさんでいた店員と奇声をあげる店員が同じ人物なのか定かで無いのだが。
理解を超える言動に走る人間の作るものを食べるのは、よくよく考えてみるとなかなか勇気のいる行動だと後になって思う。その場には三十分もいなかったが、まるで長いこと異空間に迷い込んだ心地がした。ラーメンは美味しかったが怖かった。