日記録1杯, 日常

2014年4月6日(日) 緑茶カウント:1杯

おー石段があるー結構急だけど上ってみようぜー、そんな軽いノリで上り始めた石段の先には神社があり、さらにその先には見晴台への道が続いていて、せっかくだから上ってみようぜー、とそんな軽いノリで上り始めたら、いつの間にか登山になっていた。

友人と二人。群馬県富岡市の妙義山の中之岳神社にて。そのときの我々の服装は、薄手のパーカー、ボディバッグ、スニーカーというごく軽装。そして上から下りてきた年配の二人組みは帽子にリュックサックにウインドブレーカー。きちんとした登山の格好であった。

石段は途中から自然の力強さを残した岩を敷き詰めて作られた坂道になり、土が崩れかけた丸太階段に変わり、また岩の道になり、足元は悪く、段差も多く、おい、これは、もしかしなくても我々は、いつの間にか舐めてかかった登山客になってしまっているのではないか? と、自問せざるを得ない。

ゼエゼエと息を切らせながらようやく到達した見晴台からの景色は絶景で、周囲の山々を見下ろせる視界から、自分達は本当に山を登ってしまったことを把握した。見下ろせば地上ははるか彼方。ちょっとふざけて背後から驚かしたりしたら殺人犯になれる場所。青い空は美しく、空気は冷たく、咽喉は水分を求めていて、ひとしきり休んだ後、我々は注意深く段差を踏みしめながら元来た道を引き返した。

思わぬ過酷な歩行である。これは明日、ひどい筋肉痛が訪れるかもしれないと覚悟した。まぁ、筋肉が作られるならそれも良かろうと甘んじて受け入れる覚悟をして眠ったのが土曜日のこと。だが、日曜日を迎えた今日、筋肉痛はやって来ず、足がつったり手がつったりする以外、体に特に異常は無かった。何故だろう。普段、あんなに坂道を必死に歩くことなど全く無いのに。

そして思い当たったのは、あぁそうだ。坂道は上らなくとも、己はしょっちゅう、二時間三時間ノンストップで飛んだり跳ねたりしていたのだった。それもぎゅうぎゅうづめという過酷な状況の中で、拳を振りつつ、声を上げつつ。ライブのおかげで少しは足腰が鍛えられていたのかもしれない。これは思わぬ恩恵だ!

なーんて言って、明日やってきたら笑えるのだがね。



日記録1杯, 日常

2014年4月3日(木) 緑茶カウント:1杯

疲れた。今日の自分は必死に生きた。昨夜は終電で帰宅し、一睡もせず始発に乗るため家を出て、ようやく落ち着いて我が家でくつろぐ時間を得ている。疲れた。非常に疲れた。流石に今日はもうくたくただ。これ以上、起きているのは無理だ!

緑茶と赤ワインを飲んだら寝よう。まず緑茶で咽喉を潤し、赤ワインの香りを楽しみ、胃袋に火を点して緑茶で落ち着ける。あぁ、美味いなぁ………。

久しぶりに日付が変わる前に眠ることになりそうだ。今日は寝倒そう。おやすみおやすみ。また明日。



日記録1杯, 日常

2014年3月27日(木) 緑茶カウント:1杯

ふと、意識せず顔を向けた先に鏡があり、何も表情を作らない素の自分の顔がそこにあり、「老けたなー」と思った。

怯えるでも驚くでもなく、実に平静な感想であった。

十年以上前からほぼ身長が変わらなかったこともあり、あまり肉体的な成長を実感することなく生きてきたのだが、そこにあるのはいつの間にか、しっかり大人の顔だった。よく言えば成長。悪く言えば老い。ちょうど疲れていたこともあり、若干くたびれていて、肌に元気が無い。

だが、悪くない。単純にナルシシズムに捉えないで欲しいのだが、まぁ、良いんじゃないの、と感じた。年齢にふさわしい面持ちなんじゃないかい。良いじゃないか、なかなか。うん。

ガキくさいことばかりしていると思っていたが、ちゃんと年をとっているんだなぁ。

納得し、満足した。この調子でゆるりと生きていきたいものだ。うん。



日記録1杯, 日常

2014年3月26日(水) 緑茶カウント:1杯

唐突にゲームへの欲求が湧いてきた。昔はよく遊んだものだよ。一番遊んだのはスーパーファミコンで、次に64に移行、そしてプレイステーションへ。最後にメガドライブを買い、以降新しい機種には手を出していない。携帯型のゲーム機はゲームボーイ、ゲームボーイポケット、ゲームボーイアドバンスで終着した。

好きだったのはサムイライスピリッツ、ぷよぷよSUN、魔導物語はなまる大幼稚園児、パネルでポン、星のカービィスーパーデラックス、スーパーマリオブラザーズ3、スーパーマリオワールド、スーパーマリオランド、スーパーマリオランド2、マリオRPG、ワリオランド、ヴァルキリープロファイル、ワンダープロジェクトJ2、ぐるロジチャンプ、もじぴったん。スーパー原人くんやボンバーマン、マリオカートもやったなぁ。マリオのピクロス、ドクターマリオも好きだった。テトリスもやったな。ヨッシーアイランドもクリアした。

そしてふとゲームへの欲求が湧いてきたのだが、欲求を満たすにはまずゲーム機から揃えなければならないため逡巡している。そこまでの欲求でもないからだ。昔遊んだゲームを取り出すか、中古屋に赴き古い機種を買うか、それが良い。そういえばSS魔導物語は結局プレイしていないのだった。あれはセガサターンだったなぁ。

スーパーファミコンをぽちぽちやりたい。プレステでも良い。ヴァルキリープロファイルをやりたいなぁ。



日記録1杯, 日常

2014年3月22日(土) 緑茶カウント:0杯

その人はこともなげに話していたが、聞いている自分は冷や汗が流れる、ほどではないものの、胸騒ぎを感じ、これは良くない質問をしてしまったか、と狼狽した。

質問の内容は単純だ。「どこか、観光するに適した神社を知らないか」。

さて。自分の宗教は何かと問うならば、それは神道である。しかし自分の宗教というよりも家の宗教と言う方が正しく、また、それはたまたまそうであったに過ぎず、普段ことさらに神道を意識することも無い。家が仏教の家であったならば自分はそれを自然に受け入れただろう。坊さんの世話になるか神主の世話になるか、その程度の違いにしかならない。

とはいえ無宗教かと言われればそれも違い、お天道様が見ているのだから悪いことはすべきでないとか、そんな程度の宗教的意識はあるにはあるが、さほど他者の宗教に対してどうこう言うことは無い。まぁ、神道はそもそも教典が無いので、ゆるいのだ。意識が。よって気が回らなかったのだ。ゆるくない意識を持つ人に対しての配慮が。

不味い話題を出してしまったな、と思った。「鳥居をくぐってはいけない」「おみくじを引いてはいけない」「自分とこの教祖様だけを信仰しなければならない」、したがって、神社については詳しくない。自分が知りたいのは最後の「詳しくない」の箇所だったが、印象に残ったのは頭のところだった。あぁ失敗した。己は失敗したのだよ。

日本は宗教に対してゆるいもの、という思い込みこそ間違いだったのだなぁ。知らぬ一面を垣間見て、まぁ、こんなこともあるかと思いつつ。神社や寺はただの観光名所ではないことを今更に思い知らされるのであった。