日記録0杯, 日常

2019年9月16日(月) 緑茶カウント:0杯

ボーイズラブとは何ぞや。それを思ったきっかけは、大好きな作家である町田康がボーイズラブ小説に初挑戦するという記事を読んだからだ。曰く、古典作品をボーイズラブ化したシリーズの新連載を町田康が描くという。主人公は清水次郎長で下敷きとなる作品は「東海遊侠伝」とのことだ。

この話を聞いたとき己は非常にびっくりしつつ大きな興味を覚えた。理由は、町田康の筆致でのボーイズラブがイメージできなかったためで、同時に「ボーイズラブとは何ぞや?」という疑問も浮かんできたからだ。

振り返ってみると、ボーイズラブかボーイズラブでないか曖昧な作品を己はよく読んでいる。萩尾望都の「ポーの一族」「トーマの心臓」「残酷な神が支配する」、山岸凉子の「日出処の天子」、青池保子の「エロイカより愛をこめて」、よしながふみの「きのう何食べた?」。どれも少女漫画として手に取っていて、同性愛要素も含まれていた作品だ。そしてこれをボーイズラブと言う人もいれば、そうでないと言う人もいる。

ボーイズラブとは何ぞや。

考えてみるに、同性愛者の恋愛が物語の主軸となり、読者層を女性にターゲットを絞った作品がそれにあたるのではないかと思う。すると、町田康の描くボーイズラブがとても気になる。同性愛者が作中に存在するだけでなく、しっかりボーイズラブとして描かれるのか。

個人的には「きのう何食べた?」はボーイズラブではないと思う。あれはゲイの主人公とそのパートナーを中心とした日常を描く物語だ。それはボーイズラブを否定しているわけではなく、より幅広い読者層が想定されていることを読んでそう思う。
だからこそ、町田康の描くボーイズラブが興味深い。

町田康の詩集を鞄に入れて常時携帯し、その言葉に救われてきた人間がどうして興味を持たないことがあるだろう。単行本が出るのはまだまだ先だが、出版を根気よく待とうと思う。いったいどんな新境地が描かれるのか。楽しみだ。



日記録0杯, 日常, 重陽の節句

2019年9月9日(月) 緑茶カウント:0杯

皆の衆よ、覚えておいでかな。そう。今日は年に一度の。年に一度のあの重陽の節句だよ。五節句の中で一番知名度が低くも愛らしい菊の花の節句だよ。毎年毎年この日になるたびに、己がしつこく日記に書いてはアピールしているあの重陽の節句だよ。

しかし今日も特に重陽の節句とは関係ないことをして過ごした。菊の花を浮かべた酒ではなく、麦茶とコーヒーと牛乳を飲んで過ごした。それでも己は重陽の節句を愛している。だから今年も、来年も、必ずこの日を祝おうじゃないか。

ということで重陽の節句でした。来年もよろしくお願い致します。



日記録0杯, 日常

2019年9月7日(土) 緑茶カウント:0杯

ここ数年で気付いたのだが、己はそこそこ裕福な家に生まれ、それを意識せず育ったらしい。
そして、それに気付いたことはどちらかと言うとショックであった。何故なら、己はごく平均的な家庭に生まれ育ったと信じていたので。
とはいえ平均があれば平均の上も下もあるのだ。テストの点と同じようにね。

地方の田舎の一軒家に住んでいて、父は三十の時にローンを組んでこの家を買った。母は専業主婦で、毎日美味しい料理をたっぷり作ってくれた。幼少の頃は親戚より仕立ての良い服を贈られ、それを着ていた。海外旅行に行ったことこそなかったもののサッカー観戦に家族で出かけ、時には旅行をしていた。週に一度は外食に出かけ、ちょっと良いレストランかリーズナブルなファミレスで団欒を楽しんでいた。中学の頃、当時では最先端のパソコンが自宅に会ったのは己ともう一人のクラスメイトだけだった。インターネットの接続料に月三万円かかったが、親に苦い顔をされたものの止められることはなかった。

高校と大学は私立に行き、一年間浪人もした。妹は高校は県立に、大学は私立に行った。奨学金をもらったものの、その大部分は卒業後に親に補填してもらった。曰く、己と妹の在学時期が重なる頃は家計が厳しかったが、卒業後には落ち着くので、もともと学業のお金は出すつもりだったのでまとめて返済しなさいとのことだった。ちなみに己も妹もそれぞれ別のアパートを借りて一人暮らしをし、仕送りをもらって生活していた。重なる時期は二年あった。

今思えばよくもまぁここまでお金を出せたものだと感心しつつ、それを当たり前のように受け、当たり前だと思っていたことが恐ろしく感じる。大学を卒業し、社会に出てそろそろ十年か。お金を稼ぐ大変さを知り、やりくりの苦しさを知り、最近はやっと余裕が出てきたものの、人の話を聞くたびにいかに自分が恵まれていたかを知ることが増え、そのうえで、寂しさと正体不明の負い目を感じる。己はただただ、運が良かっただけなのだ。

それは、運が悪いと言ったらあれだが、己にとっての当たり前が決して当たり前じゃなかった人の話を身近で聞くようになったからだ。そうしてそれが苦しいからだ。では、じゃあどうするか。その答えはない。ただ、自分の境遇を当たり前と思わず、驕らず、感謝して、ただただラッキーだったと知って、前へと進んで行こうと思う。

己はただ、ラッキーだったのだ。



日記録0杯, 日常

2019年9月1日(日) 緑茶カウント:0杯

小さな小さな積み重ねで、己は達成感を得ているらしい。外部要因により調子を崩されることはありつつも日曜日を「整える日」と決めていて、十一時に起きたら筋トレをして、汗を拭い、着替えをし、整体に行って、その帰りにスーパーマーケットに寄る。そうして大量に食材を買い込んで一週間分の常備菜を作り、食器を洗って、トイレ掃除をし、風呂を洗って洗濯をし、部屋の掃除をしてようやく洗濯物を片付けた後、ゆるゆると晩酌をする。それが己の週末である。

この小さな小さな積み重ねを数年続けることにより、「あ、意外とちゃんと生きてんじゃん」「大丈夫じゃん」と己は勇気を得ている。それは一般的に望まれる生き方とは違う生き方を、家族を形成せず、一人で生き続けることへの負い目も含まれるかもしれない。いや、良いんだけどね。望んだ形だから幸福でしかないんだけどね。周りに強制する人もほぼいないしね。ちょっといるけど会わないようにしているしね。

ただ、それでもたまーに、ごくたまーに意識するのさ。

故にそこそこ真面目に生きようとするのか。どうなのか。わからないなりにしっかり生きている。明日も一汁三菜かそれ以上の品々を食卓に並べるだろう。部屋はきちんと片付いているだろう。埃は無いだろう。そうやって細々と生きているのさ、実際。

でもね、言いたいのは、一汁三菜なんて必要ねーのさってことさ。己は好きで、食べたくてやっているけどね。それも一週間連続で同じおかずだしね。変わり映えが無いにも程があるしね。そんなもんなのさ、きっと。



日記録0杯, 日常

2019年8月25日(日) 緑茶カウント:0杯

ここに越してきて一年になるだろうか。社会人になってから長く住んでいた部屋を離れて、ちょっと良い部屋に引っ越した。ちょっと良いと言ってもその前の部屋がなかなかのもので、玄関のドアーが壊れて外れたり、蛇口の根本が腐って崩壊したり、床がゆるんで凹んだり、玄関にスズメバチが巣を作ったり、とまぁなかなかの物件で、とはいえ台所が広く、何より家賃が安く駅に近い故にありがたく住んでいた。己よりも年上の木造アパートの二階は熱がこもりやすく、夏場はエアコンを効かせないことにはたちまち冷蔵庫の中がぬるくなり、中の品物が腐ってしまった。正面には交番があり、窓を開けて寝ていると深夜に酔っ払いが警察官に絡む声が聞こえた。

そんな部屋を離れて一年。ちょいと懐に余裕ができたので思い切って予算を上げて部屋を探してみるも、そもそもこのあたりは物価の高い地域だったらしい。故に、己が今まで住んでいた部屋がいかに破格だったかを思い知った。そりゃあ玄関のドアーが外れて一晩我慢して過ごさなきゃあならんことになってもしょうがないわ。納得するしかない。というか都心で五万円台ってのがおかしかったんだって。そりゃあ場所にもよるだろうけどよ。

ということで、これまでの部屋よりも広く、設備も良く、とよくばった結果、諦めざるを得なかったのは日当たりの悪さと一階であること。防犯上できれば二階と考えていたが手が出ず、布団を干すことを考えたら是非日当たりはと思ったが手が出ず、泣く泣くこの二つを諦めた。

で、一年住んでわかったこと。どっちも特に問題ない。

特に日当たりは思いのほか問題にならなかった。そもそも己は洗濯を夜にして部屋干しするのが常で、外に干すのは布団だけ。布団を日に照らす時間の短さよりも、部屋の室温が上がりにくい方がよっぽど都合が良かった。無論冬は凍えるほどに寒く暖房が手放せないが、夏が涼しい。とても涼しい。日当たりの悪さは何も問題にならなかった。

一階であることも家の外に小さな庭があり、生垣で隣家との境が作られていることを思えば特に問題なかった。ベランダが無いことは不便と言えば不便だがそこも大きな問題ではない。何より、たまに野良猫が遊びに来て、換気の度に挨拶出来るのが嬉しい。

ということで、日が全く当たらない暗い一階の一室に引っ越して一年経つがとても快適に過ごしている。そもそも己は夜型だからね。日が当たらなくても問題ないし常にカーテンを閉め切っているしね。必須と思っていた条件を外しても意外と満足できるのは発見だった。諦めてみて良かったな、ふふふ。