2017年1月14日(土) 緑茶カウント:4杯

闇夜を見上げて月を探したのは、目の前に浮かぶ鶏卵のような光があまりに大きかったからだ。

オレンジがかった濃い黄色の巨大な円が夜空に浮かんでいた。コンタクトレンズをつけていたが、己の視力を疑った。寒波厳しい一時間の散歩の途中。ほんのちょっと二十分程度散歩をしようとして道を間違え彷徨う最中、いつの間にか坂をぐんぐん上っていたらしく、どうにか戻ろうと坂道を見下ろしたとき、ぽっかりと浮かぶまろい光。普段目にする月の三倍もあろうかと大きさで、あまりに大きく美しいからそれが月だと信じられなかった。

見上げる先にあるのは霞み流れる雲と小さな瞬き。己のよく知る月はどこにもなく、故に確かめたいために、目の前の巨大な光をじっくり見るために近付こうと試みるも、坂道を進むたびに光は山陰に隠れていき、下りきった頃にはすっかり姿を消してしまった。

さらに進むと見えたのは教会の塔を彩るステンドグラス。円い窓にはめられたガラスの輝きを見上げ、あれを見間違えたのかと思ったもののガラスの色は黄と青の二色。あの光に青の欠片は存在せず、やはりあれは月だったのかと思うものの坂道の下からは何も見えない。まるで狐につままれたようで、釈然としない気持ちを抱えつつ先へ先へと進んだのであった。




2017年1月12日(木) 緑茶カウント:0杯

美味しいなー、と思いながら毎日飲んでいる。

ぐらぐら沸いた鍋にビンを入れ、煮込んでいる間にレモンをよく洗う。サクサクッと輪切りにしたら爪楊枝で種を穿り出し、煮沸消毒を終えたビンの中に輪切りを入れる。蜂蜜を注ぐ。輪切りを入れる。蜂蜜を注ぐ。ビンが蜂蜜で満たされたらキュッと蓋をし冷蔵庫へ。

そうして数日置いたらレモンの果汁が蜂蜜に溶け出して、トロトロとした液体はサラサラになり、それをコップにたらりと注ぐ。そこに輪切りのレモンを一枚落とし、ポッカレモンを一センチ。最後に水をなみなみ注いで、ストローでレモンの果実を潰しながらかき混ぜたら出来上がり。一日を終える前にこれを飲んでふうとため息をつくのが最近の楽しみである。

ポッカレモンを入れるのは酸味を追加するためだ。レモンの蜂蜜漬けだけで味をつけようとすると一度に大量に消費してしまい、すぐになくなってしまい具合が悪いのである。ではポッカレモンだけでも良かろうという意見もあろうが、レモンの果実の爽やかな香りと蜂蜜のほんのりした甘さはポッカレモンにはないもので、やはりレモンは欠かせない。だから己はいそいそと、休みの日にビンを茹でてレモンを切る。サクリとレモンが二つに割れた瞬間に弾ける香りは何度嗅いでも素敵なものだ。

さて。この飲み物を己は名もないものとして日々飲んでいたのだが、最近やっと気がついた。あぁ、これはいわゆるレモネードというものなのだな。調べてみればその通りで、しかし名称を知ると急に遠くなった気分もあり。名もないままでも良いかなと思った。




2017年1月9日(月) 緑茶カウント:8杯

一時に寝ようが四時に寝ようが起きる時間が同じならば、夜更かしした方が得かもしれない。

睡眠とは何と心地良いのだろう。放っておかれれば十時間十二時間は寝てしまうし、一人暮らしゆえ誰も起こす人がいないため十時間十二時間寝てしまう。せっかく今日は早めに寝て、明日はいつもよりも早く起きて活動しようと思って床に入るのに、結局いつもと同じ時間に起きてしまうから意味がない。しかし早めに活動したいという欲求がある。だから早めに寝ることを試みる。だが! 結果寝てしまう! だって寝たいから! 眠るのが気持ちいいから!

というわけで、ここ数日は非常によく寝た。気持ち良かった。あぁ、憧れの早起き。夢は近く、夢は遠い。




2017年1月7日(土) 緑茶カウント:0杯

運動不足の自覚もあるしちょいと散歩をしてみるか。さて、それではどこへ向かいましょうと思案して、ひたすら道なりに直進することを決める。とにかくここから行けるところまで行こうじゃないかと一心不乱にすたすた歩き、おやびっくり。辿り着いたのは普段全く違う道を通って行き着く図書館。己の頭の中の地図ではこの図書館の位置はここではなく、己が選んだ道の向かって九十度の方角にあるはずなのに何故ここに辿り着いてしまったのか。まさかこの図書館が我が家から直線距離にあろうとは全く予想だにしなかった。不思議なもんだなぁ。

顎を撫で首を傾げつつ先へ行く。ここまで約二十分。

そうしてさらに歩を進め、一心不乱に進んで行って驚いた。一時間歩いて辿り着いたのは大学時代に通った弓道場で、当時は弓道場を中心に、今の自宅とは反対方向に住んでいた。今の家から当時の家まで行くには乗り換えが数回必要で、弓道場も同様だ。故にもっとずっと遠くにあるものと思っていたが、まさかこの弓道場が今の我が家と一本道で繋がっていたとは。

卒業以来弓には触れておらず、弓道着も弓懸も押入れの奥。もしかしたら腐っているかもしれない。しかし一時間かけて歩けばまたここに通うことが出来るのか。そう思うと少し楽しい。

弓道場の看板をつくづく眺め、くるりと踵を返しUターン。元来た道を足早に歩き、灯りを落とした図書館の脇を通り過ぎ、家に帰ったのは十八時。およそ二時間、十キロの散歩はなかなか愉快で、気付かぬ繋がりには温かい気持ちにさせられた。今度図書館に行くときにはこのまま真っ直ぐ進んで行こう。弓をとることはないだろうが、またあの看板を見に行くのも楽しいかろう。思い出の場所も意外と近くにあるもんだ。




2017年1月3日(火) 緑茶カウント:6杯

小学校からの友人が迷いながら「お年賀に」と渡してくれたお線香。友人の家はお寺であり、生粋のお坊さんである。対する我が家は神道の家系で、ずっと神主のお世話になっている。我が家のお墓にはお線香をあげるスペースはない。榊の枝を振り、お米とお塩を供える祭壇と神様を祭る神棚だけ。しかし迷いながら、「調べたけれどもわからなかったんだ」と言いながら我が家のためにと渡してくれたお線香。こんなにありがたいものはないだろう。友人に礼を言いお線香を受け取った。外箱からもかすかに良い香りが漂っていた。

友人は今度結婚し地元を離れる。自然会う機会は減るだろう。友人は離れた土地に住む。そしてこの土地には空き家空き部屋空き店舗が少しずつ少しずつ増えていく。寂しいと思うが己はこの土地から十年も前に離れており、感傷を抱くのは年に二回だ。誠に勝手な話である。だってこの土地に己は何も責任を持たないから。たまに帰って寂しさを感じるだけだから。よって身勝手と知っている。しかし寂しい。友人は語ってくれる。3月のライオンのアニメ、今も主人公はつらい境遇にいるが、これからさらにしんどい展開が待っていると。さらにその辛さを襲うのは作中の数少ない癒しである貴重な三姉妹の家であると。マジかよマジかよマジかよ!!!

「マジ勘弁してくれ」「しかしそうなんだ」と言葉を交わし帰路に着く。友人は今度結婚する。次回会うのは式場だろう。小学校一年生、六歳からの友人はすっかり大きく育った。お線香の香りを嗅ぎながら駆け回った時代を思う。あぁ。会えて良かった。

その後も続けよう。交流を。必ずや。