第9曼荼羅が開く時、9万音符の調べが降りる!
「9万打」と「曼荼羅」をかけた駄洒落のようなライブタイトルは、ヒラサワのツイッターのフォロワーが九万人に到達したことを記念した企画である。大阪・東京の全五公演を通してスネアドラムの打数が九万打に達すれば、九万音符により構成される楽曲が配信される。故に、我々オーディエンスはドラマーを精一杯応援するミッションが課せられている。
そしてまぁ、ステージの豪華なことと言ったら!
上手には曼荼羅が描かれたバスドラムの存在感が際立つドラムセット、中央にはヒラサワのギターとレーザーハープ、下手には会人の奏でるサイレントチェロ、エレキヴァイオリン、シンセサイザーにボタン類。ステージの奥には高々と曼荼羅が掲げられ、その下には打数をリアルタイムでカウントする巨大なモニター。いったいどこを見れば良いのやら。たった二つの目玉ではとてもじゃないが足りえない。
開場から開演まで、場内に流れる音楽を聴きながらゆるゆると待っていると、スタッフが機材のチェックのためにステージに現れてついそわそわしてしまう。よし、そろそろかそろそろか。時を経てスモークがもくもくと焚かれ出し、開演直前のアナウンスが流れる。そしてついに照明が落とされ、あぁ、待ちに待ったライブの時だ!
そうしてステージをぐっと見つめていると、下手側から髪のサラリとした真っ黒い衣装の美しい女性が現れ、中央を横切っていく。誰だろう、スタッフ……には見えないが、妙だなぁ……と思っていたら、その女性はドラムセットの前で体の向きを変え、着席した。
仰天した。女性ではなかった。元P-MODELのメンバーであり、本日ドラマーを務める上領亘さんだった。
P-MODELは聴いていたが、美しいとは耳にしていたが、己は彼の外見を知らなかった。故に驚いた。非常に驚いた。さらに、ライブが終わった後上領さんについて調べ、年齢を知って驚いた。五十三歳とな。見えない。全く見えない。
はーー……とびっくりしつつ暗闇の中でステージを見つめる。そういえば暗くなったがオーディエンスに動きがない。前に詰めないのだろうか……と思っていると、銀髪のヒラサワがステージに登場。瞬間、歓声とともにドッと人々が前へと詰めかけ、なるほどこのタイミングか! と納得しつつ足場を確保。前から五列目あたりの見晴らしの良い位置に立つことができた。
出囃子とともに始まったのは「オーロラ」。初っ端からヒラサワのデストロイギターが炸裂し、ギターへの膝蹴りが放たれる。二曲目は「確率の丘」、そして三曲目のイントロが始まった瞬間、ゾクゾクと喜びがこみ上げた。大好きな「CODE-COSTARICA」! この曲からヒラサワの咽喉が開き、ぐっと声量が増したように感じた。あぁ、何て美しいのか!
ずっと、いつかヒラサワのライブで生ドラムを聴いてみたいと思っていたが、まさか叶う日が来ようとは。ビリビリと地を這うリズムの衝撃が足の裏から背骨に響き、実に気持ちが良い。音が体にぶつかってくる圧力がたまらない。また、前に立つ人がちょうど体格の良い人で、その方がぴょんぴょんと飛び跳ねるたびに間近の振動が伝わって、その迫力も心地良かった。
「アディオス」では「空、空」と歌うところで会人の松と鶴がチェロとヴァイオリンの弓を高々と掲げ空を指差し、ステージいっぱいに真っ白な光が降り注ぐ。美しい光景だった。「罵詈喝采罵詈喝采」の箇所はレーザーハープにより奏でられていて、曲の終わりにヒラサワがひょいっと光線に触れ、「罵詈っ」をサービスしたのが実にライブらしくてわくわくした。
「灰よ」は流石の迫力で、そのままの勢いに乗って「聖馬蹄形惑星の大詐欺師」へ。驚いたのがまさかの! 「ハーイッハイッ! エハライェエッ!! ハーアハッハー フゥウウ~?」がオーディエンスによる合唱パートになったこと! ちなみにこの箇所の発声は歌詞カードに載っていないので耳で聴いたものをなるべく忠実に文字に起こしているが、人により違いがあるはずである。そのわりに声が揃っているのが何というか、不思議であった。
そういえばこの曲が発表されてからのライブでこの曲は必ずセットリストに入っているように思う。ヒラサワのお気に入りなのだろうか。
「人体夜行」で六万打寸前までいき、ふとステージから人がいなくなる。すると打数がカウントされていたモニターに映像が映し出され、ヒラサワとヒラサワの会話が展開される。何を言っているのかわからないかもしれないが、画面のヒラサワが画面外のヒラサワと会話しているのである。つまりヒラサワがヒラサワと会話しているのである。ご理解いただきたい。
平均して一日一万五千打で、このままでは九万打に到達しない。そこで打数モジュールを増設する許可をヒラサワがヒラサワに求め、予算がかからないという理由により許可が下ろされた。端的に言えばタイミングが訪れたときにドラムソロパートが追加されるとのこと。おおー!
と盛り上がりつつも気になることが。ん? あれ? この映像が流れる前に、どっかで「打数M増設」とモニターに映し出されたような……良かったのだろうかそれは。
「トビラ島」では下手側にヒラサワが座ってアコギを弾いて歌っていたのだが、残念ながら己の立ち位置からはよく見えなかった。レーザーハープと上領さんはよく見えるのだが、会人は見えづらいのである。明日はもっと会人も観たい。
とはいえ何と言っても「トビラ島」は後半の展開の迫力だ。ちょうどこのとき六万カウントを記録していたことにより、曼荼羅には六つの明かりが点灯していて、まるで闇夜の空に赤い月が六つ浮かんでいるようだった。重々しいドラムとヒラサワの歌声の迫力と相まって、怪しく恐ろしく、美しかった。
このときドラムと同じリズムで松と鶴がボタン類を押して演奏していた。正方形の方眼ノートのようなモニターがあり、一つ一つの四角のマスには赤や青や黄色や緑の色がついていて、タッチすると色のつく場所が移動し、またタッチすると移動する。あのボタン類が何の音を担当しているのかはわからなかったが、とにかくデフラグ中の画面にそっくりだった。
「トビラ島」は一曲で一つの映画を観たかのようなボリュームがあるが、もちろんここで終わらず息つく間もなく曲は展開していく。このスピード感が贅沢で、もったいなくて、心地良い。
「Archetype Engine」が始まった瞬間、脳が爆発するかと思った。ヒラサワの響く声の伸びやかさの美しさったら。そして「サイボーグ」! これ! これを生ドラムで聴きたかったんだよおおおおおお!! 今日演奏された中で一番期待していたものかもしれない。もともとオリジナルが生ドラムなこともあり、このタイプを聴いてみたいと思っていたんだよなぁ。念願叶って嬉しい。
「ホログラムを登る男」「白虎野」で本編は終了。大歓声によるアンコールを受けてステージに現れたヒラサワに「お足元の悪い中……」と言っていただきついどよめきそうになる。そんな風に言ってくださるとは……。
アンコールは「Wi-SiWi」と「鉄切り歌(鉄山を登る男)」。「鉄切り歌」では「鉄はだんだん切れ」がオーディエンスによる合唱パートになっていて楽しい。知らない人々と大勢で声を揃えて好きな歌を歌う多幸感に酔いしれた。
上領さんはどんなときもニコニコしていて、軽やかにドラムを叩いている姿がとても格好良かった。ヒラサワを観て、上領さんを観て、やはりとても目が足りない。明日は最終日。今日でやっと68,400に到達し、残り21,600打。さぁ、あともう少しだ! 九万打の達成をこの目で見届けるべく明日も新木場に向かおう。どうか9万音符の調べが降りますように。
ちなみに物販は小雨の降る中一時間並んで待った甲斐あって全種類購入することが出来た。はっはっはっ。ガラケーユーザーなのにスマートフォンケースまで買ってしまったぜ。ガラケーユーザーにまでスマートフォンケースを買わせてしまうヒラサワの魔力たるや何と恐ろしいことか。「唯じゃない」の一件で知って以来、ずっと魅せられ続けている。あれから八年か。早いような短いような。
無論これからも魅せられ続ける所存である。きっと予想だにせぬ世界を見せてくれるに違いないから。