日記録2杯, 日常

2017年8月25日(金) 緑茶カウント:2杯

狙ったわけではないが興味深い結果を得られたのでここに書き記しておくとしよう。

昨日の日記で、室温を保つために夏場は一日中エアコンをつけっぱなしにしていると書いた。そしてその翌日の今日、どうしたことかうっかりエアコンを消して家を出てしまい、帰宅と同時にむわっとした熱気に出迎えられ、「うはあ」とげんなりしつつ頭を抱えることとなった。

日中は雲があったおかげで暑かったもののカンカン照りの真昼間よりは過ごしやすい気候だった。汗はじわりと滲みだらだら流れるが噴き出るほどでない。そんな日の夜、21時45分に帰宅したところ室温は35度を超えていた。そして二時間経過した今、室温はようやく29度。ちなみにエアコンの設定温度は20度だ。普段はこんな設定にはしないが、とにかく急いで冷やすために極端な指定をした。

時間と室温の経過を表すとこうである。

30分経過 …33度(-2度)
60分経過 …32度(-3度)
100分経過 …29.5度(-5.5度)
120分経過 …29度(-6度)

帰宅してからまず二つの窓を開き、空気を入れ替えつつエアコンを稼動させた後、窓を閉じた。環境としては木造建築の六畳一間。ただし部屋の襖を開け放しにして、台所から玄関まで冷やすようにしている。故に時間がかかるというのはもちろんある。恐らくこのエアコンは六畳用、どうしたってパワー不足なのだ。

ちなみにフィルター掃除をしたのは二週間前。普段は設定温度を30度にして一日中つけっぱなしにしている。襖も開けたままにしているため、六畳間から台所、玄関までそこそこ涼しい室温が保たれている。6度下げるまで二時間かかることを思えば、つけっぱなしの方が効率が良いように思える。何てったってつけっぱなしにしたところで電気代もそんなにかからないのだ。

ということで、熱風に出迎えられるという災難を意図せず迎えたわけであるが、自分なりにそこそこ納得できたので満足している。今はやっと28.9度。冷たい緑茶がとても美味しい。



日記録0杯, 日常

2017年8月24日(木) 緑茶カウント:0杯

去年から、夏の間は一日中エアコンをつけている。それというのも我が家は古い木造住宅の一室で、夏は非常に暑く、冬は非常に寒いというなかなか住みづらい環境である故だ。夏場、夜遅くに帰宅すると室温が四十度近く、ということもザラにある。玄関を開けると同時にもわっとした空気に出迎えられ、急いで窓を開けて空気を流し、エアコンをつけるもなかなか室温は下がらない。そして何より困るのが冷蔵庫が温まってしまうこと。夏場に適した設定にしても焼け石に水、冷蔵庫の中はぬるくなり、守られるべき食料は通常よりもずっと早く傷みが進んでしまうのだ。

そこで打開策として部屋にいない間もエアコンをつけることにしたところ、これが実に快適。外出中の設定温度を三十度にしてみれば程よい室温が保たれ、冷蔵庫も無事に稼動している。そのうえ電気代もさほど上がらない。そんなわけで夏の間はほぼ一日中エアコンをつけっぱなしにすることがお約束となり、過ごしやすい住環境を己は手に入れることができた。

しかし、最近困ったことが起きた。深夜にエアコンの効きが悪くなり、室温が上がるのである。寝入りばなは問題ないのだが、数時間後に何故かエアコンが動きを止め、室温がじわじわ上がって三十度を越えてしまうのだ。これでは困ると設定温度を下げる。二十八度。エアコンは動かない。二十六度。エアコンは動かない。二十五度。エアコンは動かない。二十三度。ここまで来てようやく動き出し、冷たい空気を放ち出す。

さあこれで眠れる、と安心したいところだが、この設定で困るのは明け方以降に部屋が二十度近くになってしまうということで、それは流石にあまりにも寒く、とてもじゃないが健康に眠ることなどできやしない。時間ごとにエアコンの設定温度を指定できれば良いが生憎そんな機能はなく、空いた時間を見つけてちょこちょこと原因を探るも今のところ解決の手筈は得られていない。

故にこのところ、どうにも寝不足が続いていて、若干体調を崩している。困ったものだよ。



日記録4杯, 日常, 漫画

2017年8月23日(水) 緑茶カウント:4杯

「月刊少女野崎くん」の新刊が発売された。いそいそと本屋に向かい、わくわくしながら購入した。本屋には野崎くんの新刊発売を告知する店員手作りのポスターが貼られていて、盛り上がりが感じられて心が高揚……といきたいところであったが、残念なことにそのポスター、描かれているのは嫌な悪ノリによる作品いじりで、せっかくの好きな漫画の発売日であるにも関わらず暗い感情がちりちり燃えたが、そんなこととは関係なく漫画はとても面白かった。読んだばかりだと言うのに既に次の新刊が待ち遠しい。

同時に今荒れ狂う衝動と言えば、この漫画の感想をとにかく人と語りたいということ。だが、己にこの漫画を教えてくれた友人は現在父親になりたての子育て暦半年足らず。あのキャラがこうで、あの話がこうで、と熱く語り合いたいところだが流石に今は叶わない。叶わないが語りたい、語りたいが、きっと友人もじっくり読みたいところを我慢している最中だろう。

そうして己は六畳間にて、迸る感想や熱情を身の内に秘め、一巻から読み返すべく黙って本の山を漁るのであった。心の中には今も激流が走っている。



日記録6杯, 日常

2017年8月20日(日) 緑茶カウント:6杯

この部屋に引っ越す前に住んでいたところでは、ベッドの下に収納ケースを四つ詰め込み、その中に衣類やタオルをしまっていた。特に不自由は無く快適だった。ある日必要があって今の部屋に引っ越した。この部屋は以前の部屋よりも押入れが大きかったため、四つの収納ケースに加えて二つ、六つの収納ケースを押入れに入れることができた。自然、ベッドの下には空間が生まれた。

さて。このときしみじみ思ったのは、ベッドの下に空きスペースがあるだけで圧迫感が減るなぁ、ということ。部屋の大きさは変わらないものの、窮屈さが減り、開放感が生まれたのである。そうして己は、ここに物を詰め込むのはやめよう、と決めたのだった。

あれから五年。あのときの開放感が強く印象に残っていた己は今もベッド下に何も詰め込んでいない。そこには空きスペースが広がっている。では開放感があるかと言えばこの家にそんなものはどこにもない。ベッドの下には空きスペースが広がっている。代わりに床の半分以上に本が山となって積み重なり、足の踏み場に苦労する有様。ベッドの上にも本があり、寝るときには本をこたつの上に移動させ、起きたらこたつの上の本をベッドに移動させる。歩けば雪崩が起き、座っても雪崩が起きる。積み重なる本の山のどこに目当ての本があるのかわからず、あっちをひっくり返しこっちをひっくり返しと目的のものを見つけたときにはまた部屋が散らかり、寝ても覚めてもうんざりする。そんな絶望的な様相であった。

本末転倒である。何がベッド下の空きスペースだ。確かにここに物がないと広々と見えてとても良かった。とはいえ、それどころではないじゃあないか!

本と共に積もり積もったストレスが爆発したのだろうか。気付けば己は起床と同時にパソコンを立ち上げ、衝動的に無印良品のネットショップにアクセスし、メジャーであちこちの寸法を測り、収納ケースを三つ注文した。今週末には届くらしい。片付けよう。片付けよう! 片付けたい!! 今はその想いだけで生きている。



日記録2杯, 日常

2017年8月19日(土) 緑茶カウント:2杯

雨が降っているせいか、今日はやけに眠い日だった。天気と眠気、二つの理由によりずっと一日部屋の中にいたいところだったが、図書館の返却期限日であったので、雨脚が弱まった頃を見計らって外に出た。

外階段を上る緑の蔓草の先は玄関ドアーの隙間にゆるりと手をかけていて、中に入りたそうに手を差し出していて愛らしい。蔓草の分岐の先は郵便受けにも届いていて、元気に生長している様子が実に嬉しい。鮮やかな緑を横目に三冊の本を提げてカンカンと階段を下る。遠くで雷が鳴る音が聞こえた。

二十分歩いて図書館に着き、返却の後ぐるりと中を見て回ってすぐに退出した。予約している本は明日届く予定なので明日もここに来なければならない。まぁ、良い散歩になるので良かろう。

家に帰り、「ゴールデンカムイ」の新刊と「宝石の国」を読んだ。「宝石の国」は宝石ブランドのTASAKIとのコラボレーションを知って興味を持ち、このたび発売されている七巻まで買って読んでみた。主人公の姿がどんどん変わっていくことに驚いている。美しい宝石達の戯れや月人とのバトルは是非アニメーションで見てみたい。色がついたら尚更綺麗だろうなぁ。

話の筋は全く違うが、少年と少女の中間を行き来する宝石達を見て、萩尾望都の描く「ポーの一族」や「トーマの心臓」の世界を連想した。まだ大人になる前の、性別のない少年達のしなやかさ。そんな彼らが衝撃により割れて砕けるもろさと儚さと、決して死なない強靭さ。彼らを装飾品として扱う残酷な月人の存在により、まるで彼らが箱庭の中に閉じ込められているような、そんな閉鎖性を感じさせられる。月とはどのようなところなのだろうか。

眠気に負けてうとうとと寝ていたら夜になっていた。風呂に入り、洗って冷やしておいたプチトマトを食べて緑茶を飲んだら少し頭がすっきりした。とはいえどうにも眠いので、布団に入って小説か漫画を読みながらそのまま寝てしまおうかと思う。そして明日は予約の本を受け取りに図書館に行き、ついでに美味しい昼食を食べてちょっと豪華な一日をスタートすれば良い。

というわけで今日は、充電日。