思えば自分が初めて生の筋肉少女帯を見たのはこの会場だった。そしてそのときこそが、再結成のライブだったのである。あのときは二階席からの参戦で、メンバーの表情の判別がつかないほど距離があるにも関わらず、ついに本物を見ることが出来る喜びに打ち震え、同じ空気を吸っていることに感動し、まさか筋肉少女帯のライブをこの目で見られる日が来ようとは、と感極まったのだ。だって自分が知ったときには既に凍結中で、オーケンとうっちーは仲違い中。再結成するなんて夢みたいな出来事がこの先にあるなんて思わなかったんだよ、本当に。
そして今日、一階席の下手側、後ろから数える方が早い席にいたのだが、あの二階席に比べれば近いにも関わらず、ひどく遠く感じたのは、これまた当時の自分からしてみれば想像がつかないくらいにライブに通ったからである。スタンディングではほぼ前方に並んでいるからなぁ。メンバーの表情が見えないなんて、本当に久しぶりだ。
どうして自分はここまで筋肉少女帯にはまったのだろう。よもやまさか、筋少のために大阪名古屋まで出かける日が来ようとは、十年前の自分なら思いもしなかったことだろう。だって筋少のライブを観るためだけだぜ? そりゃあ大阪でお好み焼きを食べたりまんだらけに寄ったりはしたけれど、目的は筋肉少女帯。しかも飛行機を使ってだ。今思えば別の交通手段もあったと思うが、長距離、イコール飛行機という短絡的思考ゆえ、飛行機での参戦となった。あれは高くついたなぁ。だが、良い経験だった。
今日のライブ、「蜘蛛の糸」の前にオーケンが言った。合唱してほしいと。ここに来た人なら、きっとこの曲に共感してくれているんだろうと。どうなんだろう、と自分は思っている。生まれて初めて聴いた筋少の曲は蜘蛛の糸で、蜘蛛の糸をきっかけに自分は筋少にはまった。思い入れが深く、今回のセルフカバーを人一倍喜んだ人間だ。だが、自分は蜘蛛の糸に共感しているのだろうか、と問うとわからない。
確かに高校時代、クラス内ヒエラルキーのどこにも属しておらず、クラスで仲の良い人は部活仲間以外にはおらず、休み時間には一人で絵を描いたり、音楽を聞いたり、机で寝たり、もしくは友人のいるクラスに出かけることが多かった。とはいえ自分の境遇を憎むことはなく、何故なら居場所が部活にあったから、クラスに喋る人はいないものの毎日を楽しく過ごしていた。担任にも恵まれた。クラスに思い出は無いが、高校そのものは楽しい思い出ばかりである。
しかし一つの事実として、蜘蛛の糸を聴くと安心する。スッとする。「この人私をわかってる!」とは思わないものの、グッと来る。それはきっと共感しているからだ。ただしそれは曲に対して、では無い。そこに「目を向けて」「歌っている」人の視点に共感するのだと思う。
楽しいライブだった。
黎明で始まり、ド定番のサンフランシスコ。ド定番であるにも関わらず歌詞を間違えまくるオーケン。続いてくるくる少女、機械と怒涛の展開。さらに煽りに煽りまくるMCで、MC中のコールアンドレスポンスだけで疲れてしまいそうだ。だが、お祝い出来るのはやはり嬉しい。
今回のライブで特に印象に残ったのは「孤島の鬼」「トゥルーロマンス」「蜘蛛の糸」「再殺部隊」。意外だったのは「じーさんはいい塩梅」。これ、確かワインライダーをやった後にやったのだが、自分の中でワインとじーさんは同じカテゴリーに入っていたので、同じ日にやるとは思わなかったのだ。
「妖精対弓道部」はアルバムで聴いて大好きになり、ライブで聴くのを待ちわびていたが、歌詞の中で一番好きな一節、「恋の道場のぞむ者には 座して礼してのぞむ弓矢で」がオーケンのアドリブによってスパーンと消失して! とても………悲しかったです………。あの箇所を聴きたかったんだ………。
「孤島の鬼」は見事だった。あのドロドロした迫力。再結成後、セルフカバーした曲はどれもゴージャスになり、ものによってはかつてあったアングラ感が薄くなっているものもある。ただ、今の筋肉少女帯の様子を鑑みればそれは当然なこと。だって今の筋少はとても健全で健康的なのだから。
しかしだからと言って、ドロドロしたものがすっかり消えてしまったのかと問うならば、答えは否だ。まだその身の内に、根っこのところに持っているのである。それが前面に出てきたのが今日の「孤島の鬼」だ。
美しかった。
昔に比べれば克服し、健康に暮らしているだろうけれども、今も当時の思いを宿している人の声。どうにもならない閉塞感。行き止まり。ただゴージャスで楽しいだけのロックじゃない。だからままごとにもなりえない。本気の声として響くのである。
あ、でもね。ちょっとどうでも良い話をさせてくれ。孤島の鬼の後半、一度演奏が静まる箇所で拍手が起こったとき、アルバム買ってない観客多いな! と思った。そこはもったいないように感じた。そこは一緒に静まり返って、エディの演奏を待ちたかったなぁ………。
「トゥルーロマンス」は自分が初めてライブで聴いた筋少の曲。「ラブゾンビー♪」というコールが楽しくもあり、当時が懐かしくもあり。同時に、この後演奏されるであろう曲を思って、こちらはハッピーエンドなのに、あちらはなぁ………と思ったりもした。
そしてアンコールで演奏されたのが、待ちわびたと言っても過言ではない「再殺部隊」。この曲、正直なところ好きさ加減で言えば限りなく「普通」の曲だったが、セルフカバーをきっかけに大好きになった。ドラムの音がまるで機関銃のようで、その迫力と表現力に圧倒された。何てすごい演奏なんだ、と舌を巻く思いだった。
無論ライブも期待を裏切らず。怒涛のような音、音、音。ドラムによって殺されそうな思いがした。同時に照明の美しさに見入る。白いライトによって照らされたスモークがゆらゆらと揺れ、それがゆらゆらと歩く少女ゾンビの姿を連想されたのだ。
「再殺部隊」に限らず、今回の照明は見入るところが多かった。「キノコパワー」ではライトが七色に輝き、まるでキノコでラリっている様子を表しているよう。この演出の細かさはホールライブの醍醐味かもしれない。
最後はまたもやド定番の「釈迦」で締めくくり。予想外だったのが、オーケンが釈迦の歌詞を間違えたこと。間違えたというかすっ飛んだと言うべきか。冒頭の「サンフランシスコ」でメタメタな歌詞を披露し、大丈夫かと思ったものの、中盤は持ち直して「イワンのばか」でも定番の間違い「ロシアのポルカの裏技」は炸裂せず、「ロシアのサンボの裏技」が登場したので安心していたのだが。とはいえ、ライブではずっと消滅していた「月の光浴びてアンテナが錆びる」の一節がいきなり復活していたあたり、レコーディングの影響で混乱が生じたのかもしれない。
「最後の曲」と銘打たれた「釈迦」が終わった後にかかったのは「新人バンドのテーマ」。こちらは演奏ではなく、録音された曲が流れた状態。そんな中でニコニコしながら頭を深々と下げ、退場していくメンバー達。一番最後まで残ったのは筋少の大黒柱内田雄一郎。何度も何度も丁寧に頭を下げてステージを去って行った。
お礼を言いたいのはこちらの方だ。二十五年も活動してくれて、メジャーデビューをした頃にはまだ幼児だった自分にまで、リアルタイムの活動を見せてくれてありがとう。これからも、例えじーさんになっても、そのときそのときの活動を見せてくれると嬉しい。出来る限り、自分も足を運ぶから。
おめでとう筋肉少女帯! ありがとう筋肉少女帯! どうかこれからも、健やかにドロドロに。