日記録0杯, 日常

2020年5月24日(日) 緑茶カウント:0杯

筋肉少女帯のアルバム「Future!」が大好きで、ジャケットに描かれるディオネア、またの名をハエトリソウの鉢を去年の誕生日に買った。日の当たらない我が家で唯一日光が差し込む風呂場に鉢を置き、毎日水やりをしたところ今年の三月に花蕾が伸びた。それからずーっとずーっと待って、ついに花が咲いたのだ。デイオネアの花が。真っ白で可憐な花が。

蕾を眺めながらずっと思いを馳せたのは楽曲「ディオネア・フューチャー」の歌詞。きっと、良いことがあるに違いない。そう信じられる力を与えてくれてありがとう。あぁ、可愛らしい花だなぁ。

それにしたってこんなに伸びるんだね。毎日毎日ぐんぐん伸びてどこまで伸びるかとおろおろしたよ。びっくりだなぁ、ふふふ。

何もかもが良い方向に転がりますように。



日記録2杯, 日常

2020年4月17日(金) 緑茶カウント:2杯

ひどい無気力で動けなかった。仕方なしにベッドに横になった。疲れているのに眠れず、ただただ覚醒していて、布団の中で寒さだけを感じていた。

こいつはやべえや。ってことで、さくっと心療内科の予約を入れたのさ。

かかりつけのそこは常に込み合っているため数週間待ちが当たり前なものの、運良くキャンセルが出て翌日診てもらえることになった。ありがたい。まぁ、無理は無いと言うかむしろ納得と言うか。だって状況が悪すぎる。介護のために六十代の父が退職して遠い遠い土地の祖父母のもとに行くことになって、大事にしていた実家が空き家になって、愛する老猫も父と一緒に引っ越すことになって、実家には電気もガスも水道も通らなくなり、帰る場所が無くなって、苦手な祖父母には会いたくなくて、そんな中でコロナウイルスが蔓延して心の糧であるライブが無くなり、愛するミュージシャンとライブハウスが大事にされないことに絶望し、気晴らしも出来ず友人にも会えず、ひたすら寂しさが募る。そんな中で調子を崩さないはずが無い。

だからさぁ、必然なんだよこれは。
そんな中で、しんどくなったら心療内科に行くべき、って教えてくれたオーケンの存在がありがたい。

最初に心療内科の門を叩いたときは緊張したさ。自分が「普通の人間」の枠から外れたような恐怖感も抱いたよ。でもそれはそれこそ偏見だったんだなぁと思って、でもそれを否定して自分を責めるのも良くないとも感じていて。そうして何度か通ううち、心の状態が危うくなったら心療内科に行くのが普通になって、それこそ熱が出て鼻水が出てくしゃみが出たら病院に行くように。気軽にサクッと「よっしゃ行こう」と思えるようになったのさ。

結果、悪化せず過ごせている。
だいたい年に一回くらいのペースで通っている。
それができてありがたいと思う。

方法はそれぞれだろう。それぞれの中で、どうにか自分をキープしていこう。その一つの方法が心療内科なら臆せず行こうじゃないか。だって今は特に非常事態なのだから。
動けなくなる前に、ぜひ。もし、近い状態の人がいるのなら。



日記録0杯, 日常

2020年4月5日(日) 緑茶カウント:0杯

よろしくない感じになって来ているなぁ、と感じている。

どうにかこうにか今は我慢するぞ! と思いつつ、鬱屈した気分が募りやすくなり、楽しいもの面白いものにも集中しづらくなってきていて、どうにも気が散る。そんな中でツイキャス配信やnoteでのラジオにチャレンジし、ファンを元気付けようとしてくれるオーケンや、同じくツイキャスでライブ配信を決めてくれた水戸さんのおかげで何とか持ちこたえている状態である。

タイミングが悪かった。ちょうどプライベートでいろいろあって特に心の支えを必要としていたときで、その心の支えや楽しみがどんどん無くなり、外に出て友人に会ったり、美術館や博物館に行ったり、入ったことのないバーでお酒を楽しんだりといったことが一切出来なくなってしまったのだ。で、再発した円形脱毛症。皮膚科に通いながらつい数ヶ月前に治ってやれやれと思ったところだったのにまた来たのかいお前さん。とはいえ、納得である。そりゃあ円形脱毛症も再発するってこの状況じゃ。

しかし自分の状態を自覚出来ているのは良いことだ。過信せず、どこかでガス抜きの手段を見つけながら自分自身をコントロールして行こう。いやーーそれにしてもなーーーせっかく治ったのになーしかも今皮膚科に行きづらいしなー全くもう。

全部落ち着いたら、行きたいライブに全部行って思いっきり笑って叫んで汗だくになって、多幸感に包まれながら一気にビールを呑み干してやるからな! 待ってろよ未来の自分! ヘパリーゼを用意しておけよ!!

という気分である。待ってろよ!!



日記録4杯, 日常

2020年3月23日(月) 緑茶カウント:4杯

父と猫が住んでいた実家がからっぽになることになった。老人ホームに入る祖父と一人家に残る祖母の面倒を見るために遠い遠い山奥へ父が引っ越すことになったからだ。しばらく実家はそのまま置いておくこととなり、後々どうするかは改めて検討することとなるが、もうここに帰っても誰もいない。

長年親しんだ固定電話の番号を押しても出る人はいなくなって、その番号も我が家のものではなくなって、電気もガスも途絶え、ネット回線も途切れる。衛星放送の契約も解除し、回覧板が届けられることもなくなる。毎年毎年ゴールデンウィークと盆と年末年始には帰省して父と猫と過ごしていたが、その時間ももう、無い。

あぁ、当たり前にあると思っていたものがこんなに突然無くなるなんて。人生ってのはわからないものだなぁ。

予定を調整して急遽実家に帰り、父と猫と食卓を囲み、なんでもない時間を過ごした。昔何度か家族で行ったレストランを予約し、ささやかながら父の退職祝いをした。父が何度再現しようと試みても辿りつかない、亡き母の思い出の料理を二人で食べ、感想を述べあった。写真を撮られることが苦手だったが、思い出を残すために猫と写真を撮った。子供の頃からお世話になっている友人のおじさんおばさん達に挨拶に行った。友人はね。約束をこしらえれば東京でも会えるけどね。おじさんおばさんにはなかなか会えないからね。

そんな中で嬉しかったこと。幼馴染の家を訪ね、もう一人の友人の家に行こうとした道すがら。会えないと思っていた人との再会を果たしたのだ。

それは友人のおじさんおばさんで、成人してからも帰省のたびに友人に会うためにお店を訪ねていたのだが、いつからか友人のおじさんおばさんと話しこむことの方が増え、友人が家を出た後にも自分はおじさんおばさんに会うためにお店に寄っていた。しかし五年前。母が亡くなってから人に会うのがしんどくなって二年ほど足が遠のいていて、あるときもう一度会いたいと思えるようになったときにはおじさんおばさんはお店を引退。友人のお兄さんがお店を継いでいておじさんおばさんは引っ越してしまっていた。

そのおじさんおばさんが、いないはずの二人がお店にいたのだ。

思わず駆け寄った。おじさんおばさんも驚きながら再会を喜んでくれた。曰く、普段は友人のお兄さんがお店にいるが、日曜日だけおじさんおばさんが働いているのだそうだ。代替わりと共にリフォームされた店内は様変わりしていたがおじさんおばさんは五年前のままで、わーっと話しても話しても話したりなくて、あっという間に一時間が経ってしまった。

幼馴染のお母さんは「息子が帰省するタイミングに合わせてまた帰っておいで」「足りないものがあったら送ってあげるから遠慮なく言いなね」と言ってくれ、お店のおじさんおばさんは突然の再会を心から喜んで、ずっと心配してたと言ってくれ、その後に会った友人のお母さんは「うちはたくさん部屋があるからいつでも泊まりにおいで」「台風とかあったら、一声かけてくれたらいつでもおうちの様子を見に行くよ」と言ってくれた。

嬉しかった。何と言うか、温かい人ばかりだなぁ。

悲しいこともあるが、嬉しいこともある。嬉しいことをなるべく胸に抱えて、大事にしながら生きて行こう。そう思いながら名残惜しみつつ、住み慣れた家を後にした。またいつか、戻ってきたい。



日記録2杯, 日常

2020年3月18日(水) 緑茶カウント:2杯

今日はオーケンのプロジェクト「大槻ケンヂミステリ文庫」、略してオケミスのライブがあったのさ。そのチケットを己は買っていなくて、それはスケジュール的に観るのが不可能と思われたからで、ところがチケットが完売した後にタイミングがぴたっと合って、あー惜しかったなぁ買っとけば良かったなぁと思っていたら、コロナウイルスの影響で公演が中止になって、無観客ライブの開催が決定され、おかげで己は観たかった公演を最初から最後まで観られて嬉しかったのだけれども、同時に切なかったのさ。

誰もいない観客の前でいつものようにトークに華を咲かせるステージのオーケン。客席にはレールとカメラ。歓声も拍手も無く、しかしカメラの向こうは熱狂に包まれている。その熱狂の一部が自分。

楽しくて、嬉しくて、それでいて切ない。
早く鎮まれコロナウイルス。

直近でも似たようなことがあった。楽しくて切ないこと。会いたい人に会えて、あぁたくさんお話ししたいなぁと思ったけれども叶わなくて、どちらかと言うと己の苦手な話で場が華やいでしまって、自分はただただしんどくて、つい怒ってしまって。初対面の人に望んでいないアドバイスをされて、でも自分はそもそもアドバイスを望んでいなくて、この人は己について何も知らないのにどうしてアドバイスなんかできるんだろうと思うと不思議で、ただただ嫌な気持ちを抱いた。だってそもそも、その悩みは信頼している人にだけ打ち明けたつもりだったものだもの。しかしそれが良かれと思って共有されてしまったのさ。初対面の知らない人に。

でもね。わかるんだ。アドバイスをくれた人は唯一の共通項を探そうとしてくれたんだって。それでも己は望んでいなかった、それだけなんだって。それだけさ。

難しいなぁ、と思う。あぁ、切ない。
でもきっと、切ないことがあったからには楽しいこともあるのさ。人生は。それを望みに、生きていこう。