何故君は奈落の渦に飛ぶ

2019年8月12日(月) 緑茶カウント:0杯

何故だか知らぬが、我が家には複数のハエトリグモが生息している。何故だか考えてみるとつまり住みやすいということで、住みやすいということは餌となる生き物がいるということで、このように深く考えると嫌な気持ちになるのでなるべく深く考えないようにしながらハエトリグモと共存している。彼らは益虫だ。餌がいようがいまいがとにかく餌を食べてくれるのだ。ありがたい存在である。もっと言うと餌が存在しないでくれればもっとありがたいのだが。

そんなハエトリグモの方々はどうやら水辺が好きらしく、やたらと風呂場や洗面所、台所でその姿を見る。そしてまたそれが絶妙に危ないところで、おいおい水に脚をさらわれてしまうぞとヒヤヒヤしたことも少なくない。

この日もハエトリグモは風呂場にいた。これから風呂掃除をするところである。このままでは洗剤の溶けた水に溺れて死んでしまうことは間違いない。仕方がない、場所を移動してもらうしかなかろう。己は腰をこごめるとちょいちょいと指先を突き出し、ハエトリの君を風呂場の角へと追いやった。そうしてちょいちょいと突けば彼はぴょこんと指の腹に飛ぶ、オーケー。とりあえず風呂場の外に行こうな。

と、立ち上がって踵を返し、風呂場の戸を開けようとした瞬間、彼は大きくダイブした。
運悪くその先には、直径三センチほどの排水溝の穴があった。

あ、と思う間もない。助けようとした彼はすっぽりと真っ暗な闇の中に吸い込まれてしまった。呆然として立ちすくむももうどうにもならない。どうしてこうなった。どうしてこうなった。

風呂場をシャワーで濡らし、洗剤を塗り付け、スポンジでこすり、シャワーで流す。泡の浮いた水が排水溝にくるくると吸い込まれていく。何とも言えない虚しさを感じながら己は彼にとどめを刺し、バスタブに湯を溜めた。外では他のハエトリグモが何も知らずにピョコピョコしていた。



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