宛先不明の祝福は
2017年12月30日(土) 緑茶カウント:0杯
おめでとう、と送った言葉はそのまま宛先不明で返ってきた。それは若干予測していたものであったが寂しかった。
小学校から仲の良い友人がおり、その友人と甘いものを食べながら喫茶店で珈琲を飲んだ。盆や正月のたびに会っているため話題は尽きないものの互いのことを知り抜いている幼馴染。その友人の結婚式で再会した人物があった。再会してからは一年も経たず、半年を越すくらいの月日。しかし会ったのは十年ぶりで、結婚式の後、もっと話さないかと彼の人に誘われ、お茶を飲みながら会話をし、連絡先を交換したのであった。
その連絡先に打ったメールは宛先不明で返ってきた。若干予測していたものの寂しかった。
彼の人は写真が好きで、結婚式で撮った写真を己にも送ろう、そのためにメールアドレスを教えてくれと言った。メールアドレスを教えた。結婚式の後、もうちょっと話したいからと誘われファーストフード店に入り長々と話した。楽しかった。たまに集まろうと話した。個人的な悩みも聞いた。しかしその後己のアカウントに写真が届くことはなく、何の音沙汰もなく月日は過ぎ、彼の人が結婚したと又聞きして祝福のメールを送ったところ、それは宛先不明で返ってきた。
宛先不明の祝福。もしや、のっぴきならない事情があったかもしれないが。いや、たかだかメールが届かずそのまま戻ってきた程度で友人の不幸を願うのもおかしな話だ。あの日友人が教えてくれた個人で活動するためのサイトも何もかも消えていた。何があったのかわからない。何もなかったのかもしれない。何もなく、ただ嫌われたのかもしれない。その答えはわからない。わからないが、己はどちらを願うだろう?
年の暮れに思いを馳せる。宛先不明で戻ってきた、一通のメールに。今。