他人の年齢がわからない

2013年11月3日(日) 緑茶カウント:0杯

ほぼ初対面の人に「何歳に見える?」と聞かれると、「知らねーし興味ねーし何歳だと思われたいんだよ言ってみろオラ」と口にこそ出さないものの、音を立てて凶暴な感情が鎌首をもたげる。ただでさえ他人の年齢を当てるのが苦手な人間に、地雷を踏ませるようなクイズを出さないでいただきたい。

同年代ならまだしも、自分より下、もしくは上の人間の年齢を当てるのはすこぶる難しい。特に女性はわからない。かと言って下手に答えれば相手の機嫌を損ねてしまうので難しい。多分三十五歳くらいだろう、と目星をつけ、数歳さっぴいて「三十歳くらいですか?」と聞いたらビンゴで、ビンゴであるにも関わらず不愉快にさせてしまったことがある。あのときの正解は二十代後半と答えることだったが、そこまでのサービス精神を自分は持ち合わせていなかった。

思い出す。ある日のことだ。友人二人と食事に行ったとき、入り口で店員に「お酒を召し上がる方はいらっしゃいますか?」と聞かれ、自分だけ手を挙げたら年齢確認をされた。そのとき既に二十七歳になっていた自分は、しばらく年齢確認なんぞをされたことは無かったため面食らったのが事実である。コンビニで酒を買うときに「成人済みです」というボタンを押すことはあっても、口頭で年齢を確認されることはまず無くなっていたからだ。

そのとき一緒にいた友人はニヤニヤしながら「子供に見えたんじゃないのか」「大人に見えなかったんだよ」とからかってきたが、あの店員は恐らく十代だったので、そこそこな大人の年齢を見分ける能力が備わっていなかった、と考えるのが妥当だ。そして、同じように自分も、三十代前半と後半を見分ける能力がほとんど備わっていないことに気付いた。ましてや四十代、五十代になればさっぱりわからない。細かい年齢なんぞを当てられる自信は無い。

あの質問をして良いのは、よっぽど若く見える人か、もしくは何歳と言われようとも全く気にせず受け止められるに人間のどちらかだ。そうで無ければさっさと自信の年齢を告白するが、ずっと黙っているのが良い。内面が子供のままであっても、肉体はいつの間にやらどんどん老いていくのだから。



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