日記録4杯, 日常, 筋肉少女帯

2017年10月17日(火) 緑茶カウント:4杯

好きなものについて徒然なるままに語り書き記すことを愛してはいるが、好きなものを人に勧めようとはあまり思わない。何故ならそれは、自己を基準に考えればさほど意味のない行為であるためだ。勧められる側に立って考えてみれば、「これはとても素敵なので一度見てほしい!」と頼まれたところで、それはあくまでも勧める側の好みでしかなく、勧められる側のことを考えての行為ではないからだ。

故に、相手方に興味を持ってもらうためには、相手方の好みを把握したうえで、その人が本当に喜んでくれるものを勧めるべきである。そうでなければただの好みの押し付けでしかない。

しかしその好みの押し付けを、したくてしたくてたまらなくなっている。

筋肉少女帯の新譜「Future!」に収録される一曲、「エニグマ」のミュージックビデオが本日公開された。それはわかりやすいコンピューターグラフィックスによる装飾もなければ、愛嬌のようなお笑い要素もない。ボーカル、ベーシスト、リードギタリスト、リズムギタリスト、ピアニスト、ドラマーの六名がスタジオに集い、演奏する様を収めただけのもの。彩度を落とし、黒と白を基調としたシンプルかつシックな色調と暗号のような歌詞に、変調を繰り返すプログレッシブ・ロック。積み重ねた技術と迫力が呪文のように渦巻く怪しさ漂うビデオである。

あぁ、叶うことならこのミュージックビデオのURLをQRコードに変換し、厚紙に刷って名刺代わりに誰彼ともなく配り歩きたい。これが己の愛するバンドの素晴らしい曲であると触れて回りたい! それが出来ないからここで、せめてここで。

プログレッシブ・ロックが好きな人。変わった音楽が好きな人。呪文のような歌詞に魅力を感じる人、筋肉少女帯をかつて聴いたことのある人、大槻ケンヂの本が好きな人へ。駆け巡る暗号を脳髄に浴びる夜はいかが? 困惑するも一興、心奪われるのも一興。どう転ぶかは、君次第。





日記録0杯, 日常,

2017年10月15日(日) 緑茶カウント:0杯

どうしたら常備菜を習慣化できるか、と人に問われることがある。己は休みの日に主食を一品、主菜を一品から三品、副菜を三品から五品作り、それを日々食べ続け、たまに惣菜を買い足したり外食をしたり、おかずを追加で作ったりしながら日々を過ごしている。昼食と夕食は基本的に作り置きで、作り置きにかかる時間は二時間から三時間ほど。調理中はライブDVDやアニメを流しっぱなしにして、時間経過を感じつつ楽しみながら作っている。参考にしているのは何冊かの料理本と、つくおきというサイトのレシピだ。

では、常備菜を習慣化するコツは何か。それは調理の手間を短縮する努力でもレシピを覚える記憶力でもなければ、料理の腕でもないと己は思う。要となるのは一つ、「毎日同じものを食べ続けても飽きない性質」である。

母は料理にことさら気を遣ってくれていた人で、毎日主菜副菜色とりどりの品々が食卓に並んでいた。煮物やキンピラ、カレーは二日続けて出てくることもあったが、トンカツは翌日カツの卵とじに姿を変え、一手間加えた品として出てきていた。三日目の煮物は万が一傷んでいたら良くないとって、子供に食べさせないよう注意を払っていた。

このような家庭で育ち、思い返してみても誠にありがたいなぁと思うものの、良いか悪いかわからぬが自分自身はわりと毎日同じものを食べることに頓着しない人間になった。なるべく日々変化が出るよう品数を揃えるも、毎日三品ずつにして日々の食事の種類を変えるのではなく、毎日七品同じものを食べ続ける方に行ってしまいがちなのである。何なのだろう。種類を食べたいのだろうか。

というわけで、朝昼夜で食べるものを変えているとはいえ、朝は一年三百六十五日毎日同じもの、昼は一週間同じもの、夜も一週間同じもの、といった有様で、たまにそこに外食や惣菜が食い込んできて彩りが変わる程度である。しかしどうしたことか、飽きない。毎日同じものを食べても平気である。

もしかしたらそれは、「今日は何を食べよう」と考えることが自分にとって、楽しみではなく面倒くさいことだからかもしれない。

美味しいものを食べる喜びよりも、食事のたびに考えなければならない面倒くささが勝ってしまう。美味しいものは好きだが、美味しいものを食べるために大きな労力は使いたくない。新しい店を探すのも面倒だし、毎日外食を続けるのも嫌だ。何より自分が作るものは、食材も味も自分好みでできている。無難なのだ、とにもかくにも。

故に二時間から三時間台所に立っていてもさほど苦痛ではなく、習慣として続けられるのだろう。決め手は食事への興味のなさと、毎日同じものを食べ続けても気にしない性質。これが常備菜を続けるコツである。……何て言ったら乱暴だろうか。



日記録0杯, 日常

2017年10月12日(木) 緑茶カウント:0杯

強い苦味と腐敗臭があって非常にまずいが、
脚の付け根のわずかな筋肉には、
わずかに、甲殻類系の風味が感じられる。

わずかに。

平沢進のライブを観に行ったとき、ライブホールの外でカサカサと地を這う虫を見た。灰色ががっていて触角が長く、体長は五センチほど。はてあれはもしやフナムシかな、海も近いし、と思ったものの家に帰ったときはライブの興奮で虫のことなんぞすっかり忘れていた。そうして数日経ってからそういやあれはフナムシだったのだろうかと気になりだし、カタカタとキーボードを叩いてポンと検索。一番上に表示されたウィキペディアのフナムシのページをクリックすれば、確かにあの虫はフナムシに間違いないようだ。なるほどなるほど、と読み進めると書いてあったフナムシの味。強い苦味と腐敗臭があって非常にまずいが、脚の付け根のわずかな筋肉には、わずかに甲殻類系の風味が感じられる。

しばしこの短い文章に見入った。強い苦味があるうえ腐敗臭までして、非常にまずいとまで言い切っているのに、それでも尚わずかなおいしさを追い求めるこの姿勢。フナムシの脚の付け根の筋肉なんてそりゃあもうわずかなものだろう。しかもようやく「風味」であって、旨味があるとまではいかない。しかしこのフナムシを味わった人は、そのわずかな部位から、ほんのわずかに甲殻類の風味を感じ取り、「これだ!」と記録したのである。こんな、気持ち悪いと厭忌され、嫌がられるフナムシの良いところを見つけたぞ! と万歳をする姿が目に浮かぶようである。きっとこの人はこのわずかな甲殻類の風味を感じ取ったとき、とても嬉しかったに違いない。

おめでとう、見知らぬ人よ。おめでとう、フナムシ。フナムシもきっと自分の脚の付け根のわずかな筋肉にそんな美点があろうとは思いも寄らぬことだろう。良かったねフナムシ。おめでとう、フナムシ。強い苦味があって腐敗臭がして非常にまずいけど良かったねフナムシ。強く生きろよ、フナムシ。



日記録0杯, 日常

2017年10月10日(火) 緑茶カウント:0杯

友人以外の人間からたまに、「独身は気楽で良いよね。呑み会に行くのも自由だし、趣味に金を使うのも自由で、配偶者や子供に気を遣うこともなく、全て自分の思うままだろう」といったことを言われることがある。そういったとき、つい「その代わり、家族を持つ喜びは得ていないですよ」と言ってしまいそうになるが、つい言いたくなるがそれは正しいことではない。その返答はきっと相手方を満足させるもの、あるいは納得させるものであろうが、己は独身の気楽さや趣味を楽しむ代償として、家族を持つ喜びを手放しているわけではないのである。

たまたま自分は新しく家族を築き上げたいとは思わなかった。子供を欲しいとも思わない。むしろ配偶者を持ち、子供を作る道を選べば自分の性質上間違いなく不幸になることが見えている。故にその道を選んでいないだけで、その道に進みたいと切望したことなぞ無いのである。

よって正しい返答は、「そうですね。まぁそれなりに苦労もありますが、日々なかなか楽しいですよ」で、そこに気後れをする必要はない。好きなことをして、好きな生き方をできている。自分はなかなか幸福で、そこに負い目を感じる必要はない。

ただ、どなたかが今の幸福と引換えに失うものがあるのなら、それに対して慮ることは致しましょう。その方と己は別の生き方をしているが、別に敵でも何でもない。別の道を歩みつつ、たまに道が交差するとよろしいね。その際にはどうぞ仲良くしましょう。たったそれだけのことなのである。

しかししつこい人間に関しては交差した瞬間に言葉でぶん殴る。君の満足のために卑屈になる気はないのだよ。ははは、と腹に抱えて。腹に抱えて。



日記録0杯, 日常

2017年10月5日(木) 緑茶カウント:0杯

目の前が真っ暗になるとはまさにこのこと。それはもう、ギャグ漫画の如く、目の前が真っ黄色になったのさ。

真っ黄色。末期色。弾ける脳髄ならぬ弾けるチーズ。あぁ、シャララシャカシャカ。

ちょいとおつまみを追加したいと思ったのだ。そのとき、己はハイボールを呑んでいたのだ。そして賞味期限の近い調理用チーズの存在を思い出し、よっしゃこれをトースターで焼いてみるかと思い立ち、袋を左右に引っ張った直後。パン、と軽やかな音とともに、細切れのチーズが視界一杯に飛び散って、台所全体に降り注いだのさ。

チーズである。チーズである。チーズである。よりにもよって。

漫画やアニメでポテトチップスを破裂させる、そんな姿を何度か見たことはあるものの、まさか自分が調理用チーズでやってしまうとは、予想だにせぬ事態である。そして狭いとはいえ台所一面、真っ黄色ならぬ末期色のチーズの雨が降り注ぎ、まさに絶望的なありさま。これね、チーズだからね。滅茶苦茶美味しくて栄養価高いからね、一欠片でも放置したらそりゃあ、ゴキブリのご馳走でございますよ。

おつまみが欲しいと思ったのはいつだって? 二十四時さ。いろいろなミッションを終え、ふうと一息つきながら、ハイボールを呑んでいる、そんな時間帯さ。そんな時間帯の出来事である。

あぁ。

綺麗になった。綺麗になった。綺麗になったよ。しかしグラスの中に浮かんでいた氷は完全に溶け切って、わずかな氷の欠片が浮かぶそれを口に含めば意外に冷たく、とはいえ目当てのおつまみを手に入れることはできず、背後には美しく磨かれた台所があり、疲労困憊のままはぁとため息をつくのであった。

はぁ。あぁ。