そもそも自分は対バンにもあまり行かない方だ。それは好きなミュージシャンをひたすらがっつり観たいから、そして転換の待ち時間が苦痛であるから、この二つの理由によるものである。そしてまた、夏フェスなるものにも行ったことがなかった。興味はあるものの、好きなバンドが複数出演することがあまり無く、行くとすれば一つのグループのために参戦せざるを得なくなってしまうためだった。だとすれば、ワンマンの方が己の性質に合っているだろう。故に夏フェスの空気に興味を抱きつつも、それはずっと自分とは関係のない催しであった。
そんな自分がついに、生まれて初めて夏フェスに参戦した。イベント名は「夏の魔物」。開催地は川崎。
それはもう、最高に楽しかった。
そりゃあもう驚いたものだよ。己が夏フェスに足踏みする一番の理由、「好きな出演者がそんなに出ない」が解決されてしまったのだ。大槻ケンヂ、橘高文彦、町田康、有頂天、人間椅子、戸川純、遠藤ミチロウ、ROLLY、ニューロティカという錚々たる面々! まるで自分の妄想が具現化したかのような顔ぶれである。何だこれ。何だこれ!?
しかも、去年までは青森で開催していたのに今年は川崎。近い。すごく近い。サッと行ってサッと帰れる距離である。何だこれ。何だこれ!?
何か、天からご褒美をもらえるようなことをしていただろうか、と思った。頭の中で遊びで作っていた、もし自分が紅白歌合戦の出演メンバーを決められるなら、という空想が現実になったかのような不可思議。出演者の名前を見ながら何度も、「何だこれ、えー、何だこれ」と己は呟いた。
そうして今日この日、由縁のわからぬ素敵なご褒美を全身で受け取って、たっぷり満喫して、最高に楽しんだのだった。
それはもう、素敵な一日だった。
川崎駅からシャトルバスに揺られ、会場に着けば頭上には眩しいほどの青空が広がり、賑やかな音楽が出迎えてくれる。わくわくしながら手首に巻いた入場券代わりのリストバンドを係員に見せてゲートをくぐれば、真夏を駆け抜けるかのようなニューロティカ・あっちゃんの歌声! 初めて聴いたときから思っていたが、あっちゃんは何でこんなに若々しく、青い青年のような声で歌えるのだろう。すごく晴れやかで格好良いなぁって思うんだよなぁ。
曲名がわからないものの、「パンクやめてもいいですか?」「ダメですか、わかりました!」と叫ぶ歌が面白かった。この年代のミュージシャンが好きなだけにニヤニヤ笑ってしまうな。やめないでくださいお願いします!
「ア・イ・キ・タ」で大興奮し、のっけからハッピーな気持ちになりながらブースを移動。途中フードエリアでポカリスエットかアクエリアスかを購入し、腰にぶら下げているシザーバッグに入れた。ちなみにこの日は筋少Tシャツに筋少ラバーバンド、筋少タオル、そして背中に小型のショルダーバッグをかついで、腰にシザーバッグをぶら下げ、スニーカーを履いていた。初めての夏フェスなので他にも用意がいるかと悩みつついつも通りの軽装にした次第である。ただ、ショルダーバッグにペットボトルは入らないので急遽シザーバッグを追加したのだが、これは正解だった。やはり両手が空く状態の方が身軽で良い。
あとゴミ袋代わりになるかと思いスーパーのビニール袋を持って行ったのだが、こいつがレジャーシートの代わりになってくれて意外と重宝した。一人参戦の場合大きなシートはいらないので、ちょいと敷けるものさえあれば充分なようだ。
さて、そんなわけで飲み物をゲットし大槻ケンヂと橘高文彦を観るべく「ホワイトの魔物」ステージへ移動すると、隣の「イエローの魔物」ステージから異様に可愛い声が聞こえた。誰だろうと印刷してきたタイムテーブルを見れば上坂すみれのステージだった。あぁ! アニメ「鬼灯の冷徹」のエンディング「パララックス・ビュー」を歌った彼女! あの曲はオーケンが歌詞を書いているので印象に残っている。そしてその後だったかな、オーケンやヒラサワとも対談したことを知って名前を覚えていたのだ。
彼女はステージで動物の耳と尻尾をつけて元気に歌い踊り、オーディエンスを煽って煽って煽りまくって大いに盛り上げていた。よく知らないがこのノリ、観ているだけで楽しい! 気付けば見よう見まねで腕を振りまくっていた。
ニューロティカから移動してきた頃には上坂すみれのステージはほぼ終盤だったらしい。もうちょっと観たかったなと思いつつオーケンふーみんの開演を待っていると、上坂すみれが踊っていたステージのさらに隣、「レッドの魔物」ステージから大盛り上がりのロックが聞こえてきた。見ればステージに立つのは若者で、タイムテーブルを確認すればこのイベントの主催者「THE 夏の魔物」のステージだった。
あぁ、こうして待っている間に他のステージのライブを楽しめるのはありがたいなぁ、としみじみしつつ聴いていると、「グミ・チョコレート・パイン」と歌う声。あ、これ、オーケンが歌詞提供したやつだったかな? と思いつつ注意深く耳を傾けた。しっとりとした空気を楽しんでいると、間髪入れず雰囲気は転換! 「ボンバイエ!!」と叫ぶ大騒ぎの曲、ステージで跳ねる若者達、同じく跳ねるオーディエンス達! 拳を振り上げつつ盛り上がる人々を見て、まるで自分を俯瞰しているような不思議な感覚を得た。
「THE 夏の魔物」の公演が終わり、じりじりと待っているとついに、ステージにオーケンとふーみんが現れる! 開演SEは何と「アングラ・ピープル・サマー・ホリディ」! 特撮だー!?
そして一曲目は「ジェロニモ」! まさか橘高さんの弾くジェロニモを聴ける日が来ようとは……。実にレアである。オーケンは「筋少」の文字を背負った真っ白な特攻服で、顔にヒビは無い代わりに目元のメイクにいつもよりも力が入っていた。橘高さんは網タイツの露出が激しい白と黒の衣装。ちなみにこの日、アングルの関係かもしれないがかなり際どいところまで見えてセクシーだった。すごい。橘高さんすごい。
二曲目も意外な一曲「猫のリンナ」。チープ・トリックのカバーである。特攻服を着た人が歌うにはあまりにも可愛らしい選曲だ。竜ちゃんがコーラスで原曲の方を歌っていて、それがまた愛らしさに拍車をかけていた。
三曲目に入る前にMCでオーケンがオーディエンスを「どうかしている人々」といじるいじる。あぁ、そういえばフェスのライブ映像を観て、こうしていじられるのを羨ましく思っていたのだった。ついに夏フェスでいじられた! 嬉しい!!
「皆でこの先の海を渡って、転覆させてやろうぜー!」という物騒なMCに続くのは「時は来た」か? と思いきや、始まったのは「とん平のヘイ・ユウ・ブルース」! 意外尽くしの選曲に驚きを禁じえない。この暗闇の中で歌うのにぴったりな曲をこの青空の下で歌うのか……とギャップを楽しんでいると、ステージの前を蝶がひらひらと横切るのが見えて、いつものライブハウスでは絶対に見られないその小さな来訪者の異物感を嬉しく思った。
四曲目は今度発売されるアルバムに収録される新曲の「サイコキラーズ・ラブ」。虫や鳥や人などを手にかけてしまう人々を歌った曲で、演奏の前にオーケンから曲の説明があった。この曲を今日この日まで己は聴いたことがなく、ライブやイベントで聴いた人々の感想や評判を聴いて一刻も早く聴きたいと思っていたので、ついに念願叶って嬉しい。ちなみにちょうど昨夜、あまりにもこの曲を聴きたいあまりに、実在のサイコキラーと呼ばれる人々の犯歴を読み漁った挙句気持ち悪くなったという醜態を己は晒している。よむんじゃなかったとおもいました。
オーケンもふーみんも椅子に座り、しっとりとした調べが奏でられ、優しい歌声が青空に広がる。また一匹、ふわふわとトンボがオーケンとふーみんの前を横切って行った。鳥や人だけでなく、虫も「手をかけられる犠牲者」の対象にオーケンは数えてくれるんだなぁ、とホバリングするトンボを眺めて思った。
まだ発売される前なので、歌詞については語らないでおこう。今はゆっくりと記憶した歌詞を反芻している。最後の言葉がとても好きだ。
ラストは「踊るダメ人間」で青空の下盛大にダメジャンプ! ふーみんの手によりバラ撒かれるピックの雨を頭上に浴びたのに一枚も取ることができなかったが、青空に舞うピックの光景の美しさは目に焼きついている。
「大槻ケンヂと橘高文彦」と銘打つからには「踊る赤ちゃん人間」やハードな曲が来るかと思いきや、そこに縛られないあたりが自由で実に気持ち良かった。いつもとは違うものが観られる、これもフェスの醍醐味だろう。楽しかった!!
次の「The MANJI」までやや時間が空いていたので、フードエリアに行ってタコライスとバジルソーセージとビールを買ってかっ込むように食べた。美味しかった。ちなみにこの後混ぜそばを食べて、最終的にビールを四杯、ポカリスエット的なものを二本飲んだ。結構水分を摂ったが腹がチャポチャポになることはなく、ほとんど汗で流れて行ってしまったようだった。
あと人間椅子が終わって有頂天を待つ間にまた時間ができたので、「もし平沢進が夏の魔物を観に来ていたらいったい何を食べるかゲーム」を一人で行った。特にルールはなく、肉嫌いでベジタリアンなヒラサワが食べられるものを探すたけの遊びである。そうしてビールを呑みつつぶらぶら歩いた結果、見つかったのは「フライドポテト」だけだった。これだけか……。
飲食物持ち込み禁止の会場でこれはちょっと可哀想だなぁ。己は肉も魚も食べられるが、友人にも肉や魚を食べられない人がおり、すると彼らがここに来て食べられるものはポテトだけ。せっかくのお祭りなのに楽しみが半減するのは悲しいことだ。そのあたり、今後はもう少し慮ってくれたらいいな、と思った。
お腹を満たして「ブルーの魔物」ステージへ行く。人だかりに集まると、程なくして演奏が始まった。華やかなROLLYにベースの音色がド派手なサトケンさん! かっけーと思ったら歌っているのは五十肩の曲! あぁ年齢を感じさせる!!
二曲目はファンキーな曲で、ブリブリと主張する野太いベースの格好良さが素晴らしい! シンプルな編成ゆえ尚更ベースが目立ち、ものすごく聴き応えがある。特にベースソロは圧巻だった!
それと印象に残っているのは、話によるとセカンドに入っている曲だったかな? アルファベットをaから順番に歌っていく曲で、多分胸のサイズか何かの歌のようだった。
それにしてもこの人達が谷山浩子と組んでいるのか……。いったいどういうきっかけなのだろう……。
The MANJIの次は戸川純 with Vampilliaへ。スタートが十分か十五分ほど押すものの無事始まった。知っている曲の中で演奏されたのは「バーバラ・セクサロイド」と「好き好き大好き」。ヴァイオリンの色っぽい調べと男性の咆哮のような声と、指揮をするように舞う人の仕草が印象的だった。そして何と言っても純ちゃんの迫力。CDの歌声とは明らかに変わっていて、可愛らしさから一転して、よりドスが利いた恐ろしさを感じさせる瞬間の、ゾクッとする感じ。「可愛らしいアイドル」から「妖艶な女性」に化けるギャップと、「可愛らしいアイドル」から「情念の化け物」に変異するギャップ。そんな違いを感じさせられた。
戸川純 with Vampilliaが終わり、少しは聴けるかなと人間椅子のステージに移動すると、硬質な爆音がビリビリと体にぶち当たってきた。見上げればステージには風を受けながら演奏をする人間椅子と、興奮し拳を振り上げる大勢のオーディエンス。
このとき己は本当に純粋に、ただただ格好良いな、と思った。
何だろう、戻ってきた感覚だ。楽しい音楽をたくさん聴いて、自分のルーツの近くに戻ってきたようなしっくりした感覚。これが不思議だ。自分は人間椅子を聴くものの熱狂的なファンというほどではない。それなのに何故、こんなにしっくりとはまる感じがしたのだろうと思って気付く。あぁ。ハードロックも聴きたかったんだ。きっと。
ワジーの袴が風であおられ、フレアスカートのように綺麗に膨らんでいて、その袴の線のスラリとしたまっすぐさがいやに綺麗でびっくりした。
人間椅子から有頂天までしばらく時間が空くので腹ごしらえに混ぜそばを食べ、ビールを呑む。この日のビールは水のようにあっさりしていて実に呑みやすかった。外で呑むにはちょうど良いかもしれない。
そうしてゆったりと芝生に腰掛けながらラフィンノーズの演奏を聴きつつビールを呑んでいる背中で、多いに酔っ払ったらしいカップルがデスボイスで小突きあいをしていて怖かった。いや、本人達は楽しんでいるようだったのだが。ようだったのだが!!
腹ごしらえも終わり、有頂天のステージへ。始まりは明るかった空がみるみるうちに色を変え、ミラーボールが煌びやかに回り、終わる頃には真っ暗な夜に。涼しい夜風が汗ばんだ肌をすり抜けていって気持ちが良い。曲は「オードリー・ヘプバーン泥棒」「フィニッシュ・ソング」「アローン・アゲイン」のほか、新曲の「城」「monkey’s report(ある学会報告)」も! どちらも好きだが、特に「monkey’s report(ある学会報告)」は本当に嬉しかった! この曲は何度聴いても切なさで涙腺が緩む。まさか今年二回も生で聴けるとは……ありがとう、ありがとうケラさん!
有頂天の次は町田康率いる「汝、我が民に非ず」。前から二番目という素敵な位置で観られることができてとても嬉しい。町田康は前に観た時よりも痩せているように感じた。片手には歌詞を書いた紙を持ち、目をぎゅーーっとつぶって歌う。まだライブでしか聴いたことがないのにもう耳馴染んだ曲があって、早くアルバムを入手したいと切に思うばかりである。「貧民小唄」、歌詞カードを見ながらじっくり聴きたいなぁ。
「インロウタキン」でぎょろりとした目が見開かれ、ドキッとする一瞬も。迫力があった。怖かった!
最後は「THE END」。遠藤ミチロウのバンドである。思えば町田康の直後に同じステージで遠藤ミチロウを観られるってとんでもないな……。しかも一曲目はザ・スターリンの「虫」で、最後は「ワルシャワの幻想」。もしここで町田康がINUの「メシ喰うな!」を歌っていたら……と空想するが、流石にそれは出来すぎか。
「ワルシャワの幻想」が拡声器の音から始まるのは知っていたが、よくよく考えれば生で観るのは初めてだ。それはオーケンから得た知識であり、生で知ったものではないからである。
還暦過ぎ。最近の六十歳は若いとはいえ、こんなに叫べて、歌えるんだなぁ……。まだ己は半分しか生きていないが、もう半分生きてあんな風に格好良く活動できる人間になれるだろうか。
うん、目指す方向性は違えど頑張ろう、と思った。
そうして後で知ったのだが、文中で「若者」と表した「The 夏の魔物」のメンバーは己と同年代であった。その若者とはあくまでも、今日己が観て回った出演者と比較してのことであるが、いつまでも若者と思っちゃいられないなぁ、と自分自身に対して感じた次第である。
ゴトゴトとシャトルバスに揺られ帰路に着く。体は汗でべとべとで、足は流石に重くなっていた。しかし楽しかった。最高の夏の思い出ができた。ついに夏フェスを体験できて嬉しい。ありがとう、夏の魔物。楽しかったよ、夏の魔物!