2020年1月16日(木) 緑茶カウント:0杯
君は入居二ヶ月で引っ越したことがあるか。己はある。あると言うか、引っ越しせざるを得ない状況に陥った。
損失額はおよそ四十万円か。礼金、鍵代、引っ越し代、新規契約手数料に新たな敷金礼金。いやー阿呆らしいったらありゃしない。
経緯を話そう。長く長く住んでいたアパートが取り壊されることになった。まぁ、格安のボロアパートであったので違和感は無い。己よりも年上で、木造で、トイレは入居時から壊れていてレバーを傾ければ滝のような激流が流れるも直すことは出来ず嵩む水道代。玄関のドアーは外れ一晩無理矢理ガッコンガッコンとはめて過ごす夜、根本から腐って折れる蛇口、へこむ床、スズメバチが巣食う出入口。故に利便性が良く駅に近い立地であるにも関わらずなかなか安く、おかげさまでトラブルに見舞われつつも何とか平穏に過ごすことが出来た。良い土地なんだよ、商店街があって独り者が過ごすには最高でね。
で、このアパートが大家の意向により取り壊されることになり、引っ越し先を探しに不動産屋に行き、数件見て回って見つけた一つの部屋。古いビルの一室だがリフォームされていて、広くて綺麗で便利が良い。何より内装の色合いが好みだった。そこに不動産屋の担当者が言う。「線路が近いですが、これだけ壁がしっかりしていて……、ほら聞いてください音が反響するでしょ? これなら外の音も気にならないですよ!」と壁をコンコンと叩きながら。で、己はなるほどそれならなぁと思って契約を決めてしまったのさ。
そうしたらどうだろう。内見に行った際は歩き回っていたため、そして何よりおしゃべりな担当者の声を聞いていたために気付かなかったがこの家は電車が通るたびにガタガタ揺れる。近くに二つ線路が走っているために三分に一回は電車が通り、繊細な作業、例えば水彩画を描くことなんてとてもじゃないができない。そのうえ電車が通らないのは深夜の一時から朝の五時までの四時間のみ。それ以外はずっと震度二レベルで家が揺れ、朝は電車の音に驚いて目が覚めるほどで、ついには耳栓がないと眠れなくなってしまった。
自分が甘かった。甘かったに違いない。不動産屋の言葉を信じてきちんとチェック出来なかったのが悪かったのだ。しかし騒音以外にもトラブルはあった。入居の翌日に下水の臭いが部屋中に立ち込めて吐き気がし、修理業者に来てもらえばふらふらの老人が現れて覚束ない手でペタペタと穴を埋めて台所下がぐちゃぐちゃになり、夜が明ければネズミの糞が残され、それはもう最悪な住まいであった。
どうにか住もうと思った。二重窓を取り付けて住み続けようかと考え業者の見積もりも自費で頼んだ。しかし仮に二重窓をつけても三分に一回は部屋が揺れると診断され、招いてもいないドブネズミが現れる部屋にどうして住み続けていられるだろう。そうして自分は己の愚かしさを悔やみつつ、掃除をしっかりして退去するからせめてクリーニング代二万円の支払いは勘弁してくれと交渉し、四十万円損をして新たな住まいに引っ越したのである。
そうして移ったのは長年住み続けたアパートがあった場所と同じ土地で、気付けば一年経っている。あぁ、あんなこともあったなぁと思いつつ、己の迂闊さと不動産屋の口のうまさを忌々しく感じるのであった。せめてこの損失は人生最大のものとして、後の人生にはこれ以上のものは無いものとしたい、なんてことを願って。
まぁあの部屋に移って良かったことと言えば、今は小学校と保育園が近い部屋だがとんでもなく耐性がついたせいか何一つストレスに感じない点かね。子供の声なんかかわいいもんさ。だって家が揺れないのだもの。ね。