日記録0杯, 日常

2017年10月10日(火) 緑茶カウント:0杯

友人以外の人間からたまに、「独身は気楽で良いよね。呑み会に行くのも自由だし、趣味に金を使うのも自由で、配偶者や子供に気を遣うこともなく、全て自分の思うままだろう」といったことを言われることがある。そういったとき、つい「その代わり、家族を持つ喜びは得ていないですよ」と言ってしまいそうになるが、つい言いたくなるがそれは正しいことではない。その返答はきっと相手方を満足させるもの、あるいは納得させるものであろうが、己は独身の気楽さや趣味を楽しむ代償として、家族を持つ喜びを手放しているわけではないのである。

たまたま自分は新しく家族を築き上げたいとは思わなかった。子供を欲しいとも思わない。むしろ配偶者を持ち、子供を作る道を選べば自分の性質上間違いなく不幸になることが見えている。故にその道を選んでいないだけで、その道に進みたいと切望したことなぞ無いのである。

よって正しい返答は、「そうですね。まぁそれなりに苦労もありますが、日々なかなか楽しいですよ」で、そこに気後れをする必要はない。好きなことをして、好きな生き方をできている。自分はなかなか幸福で、そこに負い目を感じる必要はない。

ただ、どなたかが今の幸福と引換えに失うものがあるのなら、それに対して慮ることは致しましょう。その方と己は別の生き方をしているが、別に敵でも何でもない。別の道を歩みつつ、たまに道が交差するとよろしいね。その際にはどうぞ仲良くしましょう。たったそれだけのことなのである。

しかししつこい人間に関しては交差した瞬間に言葉でぶん殴る。君の満足のために卑屈になる気はないのだよ。ははは、と腹に抱えて。腹に抱えて。



日記録0杯, 日常

2017年10月5日(木) 緑茶カウント:0杯

目の前が真っ暗になるとはまさにこのこと。それはもう、ギャグ漫画の如く、目の前が真っ黄色になったのさ。

真っ黄色。末期色。弾ける脳髄ならぬ弾けるチーズ。あぁ、シャララシャカシャカ。

ちょいとおつまみを追加したいと思ったのだ。そのとき、己はハイボールを呑んでいたのだ。そして賞味期限の近い調理用チーズの存在を思い出し、よっしゃこれをトースターで焼いてみるかと思い立ち、袋を左右に引っ張った直後。パン、と軽やかな音とともに、細切れのチーズが視界一杯に飛び散って、台所全体に降り注いだのさ。

チーズである。チーズである。チーズである。よりにもよって。

漫画やアニメでポテトチップスを破裂させる、そんな姿を何度か見たことはあるものの、まさか自分が調理用チーズでやってしまうとは、予想だにせぬ事態である。そして狭いとはいえ台所一面、真っ黄色ならぬ末期色のチーズの雨が降り注ぎ、まさに絶望的なありさま。これね、チーズだからね。滅茶苦茶美味しくて栄養価高いからね、一欠片でも放置したらそりゃあ、ゴキブリのご馳走でございますよ。

おつまみが欲しいと思ったのはいつだって? 二十四時さ。いろいろなミッションを終え、ふうと一息つきながら、ハイボールを呑んでいる、そんな時間帯さ。そんな時間帯の出来事である。

あぁ。

綺麗になった。綺麗になった。綺麗になったよ。しかしグラスの中に浮かんでいた氷は完全に溶け切って、わずかな氷の欠片が浮かぶそれを口に含めば意外に冷たく、とはいえ目当てのおつまみを手に入れることはできず、背後には美しく磨かれた台所があり、疲労困憊のままはぁとため息をつくのであった。

はぁ。あぁ。



日記録0杯, 日常

2017年10月2日(月) 緑茶カウント:0杯

「これは春の歌である。だって桜が咲いているのだから」

確かに桜は咲いている。しかしそれは狂い咲きの桜である。狂い咲きの桜が舞い散る季節は決して春ではなく、それは春の歌ではない。

受け取り方は自由だが、読み取る力も必要だ。通常桜は春に咲き、その中で秋や冬に咲くものもある。それをあえて指した場合、季節は必ず春以外を示している。では、何故あえて狂い咲きの桜を指したのか? そこに作者の意図がある。

ただし。「これは狂い咲きの桜を歌った曲だけれども、春の思い出に色濃く結びついているので、これは自分にとっては春の歌なのさ」と言う場合は、それは間違いなく春の歌であり、春の歌以外の何物でもない。作者の意図を理解したうえでの自分の思い入れであれば、思い入れが優先されて然るべきであろう。

だからね、そこに違いがあるのさ。たったそれだけの話なのである。



日記録0杯, 日常

2017年10月1日(日) 緑茶カウント:0杯

ここ数週間、ずっと気になっているものがある。それはアパートの軒先に二本吊り下げられたビニール傘。己は二階に住んでいて、真下に住む人の玄関先にあるものだ。階下の人は煙草を嗜むようで、玄関先の郵便受けの上には灰皿代わりの空き缶が備え付けられていて、そこにはいつも煙草の吸殻がたまっている。窓を開けているとたまに煙草の煙のにおいが入ってきて、あぁ下の人が喫んでいるのだな、と己はいつも窓を閉める。洗濯物は基本的に時間帯の問題で部屋干ししかしていないため、その点の害はない。

さて、その郵便受けの上の吸殻の隣に置かれた二本の透明なビニール傘。この内側に濁った黒い水がたまっている。これに気付いたのは数週間前で、あぁしばらく使っていないのだな、と思いつつ外階段を上り自室に入ったのであるが、以来そのビニール傘が気になって仕方がない。出入りの度につい見てしまうが、いつも透明な傘の内側には黒い水が溜まっていて、雨の日の翌日は嵩を増している。どす黒い汚い水が増えている。

この傘は使うものなのか。使う用途がないものの捨てるのが面倒くさくてただただ軒先に放置しているのか。そうしてついに、どす黒い泥水はたぷたぷになっていて、そろそろ溢れそうな有様。いつかあれが処分されるのか。それともそのまま溢れるのか。中から何かが発生するのか。興味深く眺めている。



日記録0杯, 日常, 筋肉少女帯

2017年9月30日(土) 緑茶カウント:0杯

嬉しいなぁ嬉しいなぁ。筋肉少女帯の新譜「Future!」のジャケットデザインと曲目が発表された。デザインは何と食虫植物のハエトリグサ! 過去に植物図鑑で食虫植物のページをわくわくしながら眺め、ハエトリグサの鉢植えを育てていた己にとっては何ともたまらないデザインである。虫好きなので虫要素があるのも嬉しい。食虫植物ならば虫が苦手な人でも抵抗感がなさそうだ。

最初に「Future!」というタイトルを聞いたとき、前作「おまけのいちにち(闘いの日々)」で過去と未練を描いた筋少が、五十歳を越える筋少が、今度は未来を描くのか! と大いに喜んだ。過去もあるが今もあり、未来もある。その先を示してくれるのが嬉しい。

もちろんタイトルから想像したのは前向きで明るい未来だ。それは今の筋肉少女帯の精力的で、楽しそうで、笑顔こぼれる姿からの連想である。

しかし流石筋少、一筋縄ではいかない。良い意味で予想を裏切ってくれた。「Future!」とポップな文字と共に描かれたのは真っ赤な口を開けた食虫植物。そしてこれは二曲目のタイトル「ディオネア・フューチャー」がモチーフになっているとのこと。ディオネアはハエトリグサのことである。ハエトリグサのある未来とは、いったいどんな未来だろうか。

だが、この真っ赤なジャケットデザインを見たときに抱いた印象は、毒々しさよりもパキッとした鮮やかさだった。色使いとフォントもあるが、描かれたハエトリグサが全て口をパカリと開ききっていることが大きいだろう。ハエトリグサは口を開いた姿より、トラバサミのような口をガッツリと閉じ、歯が互い違いに噛み合わさった姿の方がより禍々しさを増す。ジャケットのハエトリグサはトゲのような歯よりも真っ赤な口の中の方が印象的で、上を向いて大きく口を開ける様には開放感すら感じる。毒々しさはあまりない。

しかしパッカリと口が開かれているのはあくまでも「現在」である。この数秒後か数時間後、数日後の未来にはガッツリと閉ざし、獲物を消化液でトロトロと溶かす日が来るだろう。それはトリフィドに襲われた星の未来か否か。筋肉少女帯の示す未来とは何か。ますます、発売日が待ち遠しい。