鼻毛の悲哀

2017年11月28日(火) 緑茶カウント:0杯

じぃ、とハサミを見つめながら考えること数秒。結局手に持つそれを使用することになるのであるが、できることなら使わないでおきたい、と思うのは自分が花粉症だからである。

まつげ。目に入るほこりやゴミを防ぐための防御壁、フィルター、ガーディアン。長ければ長いほど、量が多ければ多いほど良いとされ、マスカラにまつげパーマにつけまつげにまつげ美容液、眼科に行けばまつげを伸ばす専用薬が販売され、非常にありがたがられているまつげ。しかし同じような機能を持ちつつも、全く別の扱いを受けている体毛がある。だって鼻毛パーマもつけ鼻毛も鼻毛美容液も、ましてや鼻毛を伸ばす専用薬なんぞもこの世には存在しないのだ。

長ければ長いほど良いまつげとは対照的に、ただの一本でも見えていたら哀れみの眼差しを受けてしまう体毛・鼻毛。こっそりと「伸びてますよ」と耳打ちされたり、黙って手鏡を渡される名前を言ってはいけない毛。

我思う。この鼻毛こそ、長ければ長いほど美しいと世間一般に認識されていたら、と。どうしてか。何故なら自分は花粉症だからだ。花粉症だからなのだ!

伸びたら困る故に切る。エチケットだから切る。しかし、切ったら確実にくしゃみが増えるのである。鼻がムズムズするのである。即ち、防御壁が、フィルターが、ガーディアンが薄く弱く頼りなくなり、外敵の進入を許してしまうのである。そう、花粉という外敵を! ちくしょうめ、花粉症でさえなければ何も気にする必要がないのに、何だって鼻毛に対して「惜しい」という感情を抱かねばならぬのだ! 悔しい! 悔しいがわかっている! 絶対に伸びっぱなしにしていた方が楽なのだ! 花粉症患者としては!!

あぁ、自らの首を絞めねばならない悲しさよ。だが仕方がない。黙ってそっと手鏡を渡される哀しさを己は避けたいのだ。
そうして眉間に皺を寄せながら、仕方なくハサミを取るのである。あぁ。



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