2014年6月23日(月) 緑茶カウント:3杯
ガタンゴトンと電車に揺られていた。吊革に掴まる自分の対面に座るはサラリーマンと思しき若い男性と、同じ社に勤めていると思われる二人の女性。三人は常識的な声量でおしゃべりをしていた。その会話は自然と己の耳に入ってくる。喋っているのは主に中央に座る女性だった。共働きなのに女は家事をやって当然、という意識の男は腹が立つ、と憤っている。その横に座る女性も頷いている。
口ぶりによると女性の怒りの対象は世間一般の男性が云々では無く、自身の配偶者のようだ。「遅くまで働いて疲れてるのに、弁当を作って欲しいって言うの。嫌になっちゃう。私だってお昼はコンビニなのに。自分で作れば良いじゃない!」あぁ、そりゃあ怒るのも最もだ。大変だなぁ。
するとあまり喋っていなかった男性が口を開いた。「そうですよね。うちも奥さん働いてるんで、僕自分で作ってますよ。夜に作って朝詰めてます」
「えーーーーーーー! 新婚なのに奥さんお弁当作ってくれないんですか? 可哀想!!」
えーーーーーーーー!? 思わず声が出そうになった。びっくりした。ここはその男性を褒めるところじゃなかったのか? 良い旦那さんじゃあ無いですか。だいたいあなたさっきまで共働きなのに弁当作れって言われて腹立つって怒ってたじゃないですかー。えーーーーー。
さらにびっくりしたのは、怒る女性に相槌を打って賛同していた隣の女性まで、「可哀想!」と言っていることだった。
電車を下りた後もあの衝撃は心に残っていた。自身に向けられた偏見に怒る人が同種の偏見を持っていて、それに気付かない構図。それが全てでは無かろうが、あの女性の旦那さんが家事を任せきりにするのは、もしかしたらその女性の言葉も多少は影響しているのかもしれない。なんてことを思った出来事だった。