日記録0杯, 重陽の節句

2022年9月9日(金) 緑茶カウント:0杯

あー重陽の節句だなーと三日くらい前から思いながら過ごしていたのに、ここ二年ほど季節感が死滅しているため今が夏なのか冬なのかもよくわかっていない。服装も悪いのだろう。ニットを重ねるか否かを除けばほぼ一年中同じ装いをしているのだから。

最近の話と言えば、イカゲームをスプラトゥーンの愛称だと思っていたらそうじゃないことを知ったり、とはいえイカゲームが何なのかは結局知らなかったり、人気の少ない神社で夏祭りの雰囲気を楽しんだり、ゴールデンカムイを読んだりしていた。今は肩こりと腰痛を感じながらビールを呑んでいる。つまみは冷ややっこの予定だがまだ風呂に入っていないので本格的な晩酌はこれからだ。菊の花はどこにも飾られていない。ただぼんやりと菊を意識しながら過ごしている。

というわけで今日は重陽の節句である。菊の花の節句である。五節句の中で何故か存在感が薄い重陽の節句の日である。皆さん、重陽の節句をどうぞよろしく。



日記録1, 1杯, 日常, 重陽の節句

2021年9月9日(木) 緑茶カウント:1杯

日もとっぷり暮れてそろそろ夜の散歩にでも出かけるかと立ち上がりかけたその瞬間、目にした数字。それはパソコンの画面右下に表示された八桁で構成されるもので、通年であれば注目しまくっていたものである。

びっくりした。ものすごくびっくりした。
何故なら今日が重陽の節句だったからである。

マジかよ、と誰もいない部屋で呟いた。え、もう重陽の節句なの? 一週間か十日ばかり早くない? と思うのもまぁ無理はなく、それというのも最近あれこれバタバタしていて、曜日だけを意識して生きていたのである。日付という概念がそっくり脳から抜け落ちていたのだ。

ということでほとんど意識することなく一日が終わりかけていて寂しい限りだが、今日は重陽の節句である。菊の花の節句である。五節句の中で何故か存在感が薄い重陽の節句の日である。皆さん、重陽の節句をどうぞよろしく。これを言うために己は生きている、というのは冗談だけどね。来年もまたよろしくね。



日記録0杯, 日常, 重陽の節句

2020年9月9日(水) 緑茶カウント:0杯

本日は重陽の節句である、と言い続けて何年経っただろう。五節句の中で一番目立たない菊の花の節句に何となく愛着を抱き、以来毎年毎年「今日は重陽の節句だよ」と伝える重陽の節句botと化して生きている。しつこく続けてきた甲斐あって最近ではこの日になると重陽の節句を思い出すようになってくれた人もいて、とても嬉しい。

ちなみに確認したところ、このサイトで「重陽の節句」という記事を更新したのは今年で八年目になるようだ。サイトの形を変える前からこのタイトルで更新していた記憶があるので、そう考えるとはっはっはっ。長いものだね。来年も重陽の節句をよろしくお願いいたします。



日記録0杯, 日常, 重陽の節句

2019年9月9日(月) 緑茶カウント:0杯

皆の衆よ、覚えておいでかな。そう。今日は年に一度の。年に一度のあの重陽の節句だよ。五節句の中で一番知名度が低くも愛らしい菊の花の節句だよ。毎年毎年この日になるたびに、己がしつこく日記に書いてはアピールしているあの重陽の節句だよ。

しかし今日も特に重陽の節句とは関係ないことをして過ごした。菊の花を浮かべた酒ではなく、麦茶とコーヒーと牛乳を飲んで過ごした。それでも己は重陽の節句を愛している。だから今年も、来年も、必ずこの日を祝おうじゃないか。

ということで重陽の節句でした。来年もよろしくお願い致します。



日記録0杯, 日常, 重陽の節句

2018年9月9日(日) 緑茶カウント:0杯

本日は重陽の節句でございます。五節句の中の一つの菊の花の節句。ただし一番目立たず、端午の節句や七夕と違い人々から忘れ去られるどころか、そもそも知られていない節句。故に己は毎年この日に、今日は重陽の節句だよと語り歩いているのです。何故なら、何だか可哀想だから。

そんな重陽の節句の本日、酒に菊の花を浮かべて呑む、といった風流なことはせず、いつも通りビールを傾けて肴をつまみつつ観ていたのは仮面ライダーオーズの最終回。長らく、最終回を観るのが寂しくて、物語が終わってしまうのが切なくて観ることが出来ていなかったのだが、本日ついに最後まで観た。アンクの最期も何もかも見届けた。この目で。

あぁ、こういう物語だったのか。

ある程度察していたとはいえ寂しい。思い出すのは平ジェネの映画を観に行ったとき、映画が終わった後に一つ前の座席の女性がわんわん大泣きしていたこと。友人と思われる女性が背中を撫でてなだめていて、過去作を知らない自分には読み取れなかったが、きっと涙を流すだけの理由がそこにあったに違いない、と確信を得つつその場を去ったのだった。

あぁ、こういうことだったのだなぁ。

平ジェネをきっかけに仮面ライダーに触れた己はまだビルドとオーズしか最終回を見届けていない。そしてどちらも円満解決なハッピーエンド、ではなく切なさと寂しさが残る後味で、仮面ライダーとはどれもこんなに悲しいのだろうかと考えつつ杯を傾けている。

さて、ではジオウはどこへ向かうだろうか。まだまだ先が見えないまでも前作と深く関わっているだけに興味深い。どんなエンドが観られるのだろう。まだ気が早いが、楽しみに思っている。