二泊三日で京都旅行 2

京都旅行二日目。寝不足で食欲は無いがデザートのアイスを食べる余裕はある。しかし眠い。メンバーの一人が「ウヲも朝風呂に入ってきたら良かったのに」と言った。風呂につかったらスッキリして目が覚めたらしい。風呂に入る時間があるならその分寝ていたいと思ったのだが、なるほど、明日は朝風呂につかってみるか、と考えた時点で今日も夜更かしをするつもりであることがよくわかる。実際それは実行された。

だが寝不足を患っているのは自分だけではなかった。食後、各々出かける準備をしていたのだが、約二名は布団の中でぐっすり眠り込んでいる。死んだように眠っているというか、死んだように死んでいるというか。この二体の死体をどうするか話し合い、とりあえず遺棄する方向にして、蘇ったらどこかで合流しようということになった。中学生じゃあるまいし、必ずしも全員でまとまって歩く必要はない。

宿を出たら小雨が降っていた。うーむ、雨の予報があっても自分が出かけるときには止むことが多いんだが、今日はうまくいかなかったようだ。まぁ土砂降りでないだけ何ぼかマシである。傘は必要であるがすぐさま靴が浸水するほどでもない。これくらいなら観光に支障は無さそうだ。

雨は時に止み、時に強くなり、不安定な調子でパラパラと音を立てていた。本日最初に向かう先は銀閣寺である。



「とにかく銀閣寺に行ければ満足だ」と言ったのは自分だ。中学の修学旅行で唯一記憶に残っていた場所である。他、金閣寺、東寺、清水寺、清明神社などにも行ったはずだが、一緒に回ったグループのリーダー格が自分の主張ばかり通す奴で、相手が間違っていると勘違いをして糾弾し、自分の方が間違っていると気付いても逆切れをかまして開き直る人物だったせいで良い思い出よりも悪い思い出の方が多く、旅行の大部分を忘れ去ってしまった。それでも銀閣寺の美しさだけは覚えていたってんだから、よっぽど心を打つものがあったんだろう。

いや、違うな。確かに銀閣寺は美しかったが、覚えていたのは旅行から帰った後の国語の先生との会話のせいだ。その国語の先生はとても良い先生で、年齢よりも少し言葉が達者で、いちいちいらんことを考えていた自分の話をいつも面白がりつつも真剣に聞いてくれた。その日も休み時間だか放課後だか忘れたが先生と話していて、旅行の思い出を先生に聞かれたときに「金閣寺よりも銀閣寺の方が渋くて良かった」と答えたんだ。先生は引率には同行しなかった。すると先生は「流石! 見る目が違う! 金閣寺よりも銀閣寺を好むのは通だ!」と褒めてくれたんだ。それが当時の自分にとってすごく嬉しかった。

思えば、中学の頃は普通に話してるつもりなのに「何を言ってるのかわからない」「難しい言葉を使うな」と言われて悩んで…いたら可愛げがあるが、そういった言葉に真っ向から対立して喧嘩して言い返して敵を作って馬鹿にして、なーんてことをしていたなぁ。ははははは。嫌な奴だ。



思い出話はこのくらいにしておこう。さぁ! 一番の目当ての銀閣寺だ! おおー! 記憶通りの佇まい!



懐かしさすら感じるほどだ。ほぼ十年ぶりに来たんだものなぁ。そうそう、こんな感じだったよ。ただ、以前来たときは空は晴れていたし、季節も異なるはずだからだいぶ景色は違うだろう。十年前は紅葉の季節だったっけ。秋かな。それすらも良く覚えていないや。





坂を上って行くと、高い位置から銀閣寺を見下ろすことができる。この光景には覚えが無いが、通っていないのか単に忘れてしまったのか、どっちだろう。まぁ、あれこれと詰め込みすぎたせいで一つ所でゆっくりできなかったから、流し見をしてしまったのかもしれないな。

下の写真を見てもらうとわかると思うが、手前の植物の丈が少々高めである。この位置でやっと銀閣寺を撮影できたが、ここに来るまでの坂道では背の低い自分にはなかなか銀閣寺の姿を確認することができなかった。で、そういう不具合はもう慣れたもんなのだが、身長が百九十センチもある友人が突然背後に立ったかと思いきや、しゃがみこんで人の膝上あたりを両腕で抱き込むと、ぐわっと立ち上がって抱え上げやがってくださった。大変景色はよろしかったが、よその観光客からもこちらの姿は良く見えたことだろう。地面に着地をしたところで、お父さんと息子みたいだったよ、と別の友人が感想を述べてくれた。反論のしようが無い。



一通り回って出口に出る。宿を出たときは雨が降ってしまったことを残念に思ったが、小雨がしっとりと銀閣寺を濡らし、湿り気を帯びた木々と白砂利はまるで雨を喜んでいるようにも見えた。止まったような時間の中で傘を叩くトンテンという音が頭上で響くのも耳に心地良い。小雨の日に訪れることができて良かった、と感じた。

ここからまた二手に分かれることになった。昨日行く予定だった河原町の錦市場に行く組と行かない組だ。買い物をしたい人は錦市場に、他に行きたいところがある人はそちらに行って、後で行く上賀茂神社か下鴨神社で落ち合おうということになった。さて、では錦市場に参ろうか。

今日は五百円で一日乗り放題のバス券を購入し、バスのみで移動することにしていた。銀閣寺から河原町に向かうバスの中、友人と河原町で何を買うか、銀閣寺が格好良かった、伏見稲荷にまた行きたい、などと話をしていたら、目の前の座席に座るご老人がごく自然に話の中に入ってきて、我々が観光客だとわかったからだろう、バスに乗りながら窓の外を指差して、あの道はどこに繋がる有名なところ、あの建物はこんな由来がある、といろいろと話してくれたうえ、バスを降りてからも錦市場まで道案内をしてくれた。





もしかしてご老人も錦市場に用事があるのかな、と思ったが、錦市場の前まで来るとご老人は立ち止まって、ここがそうであると我々に教えてくれた。何と親切な人なのか。お礼を言って頭を下げると、ご老人は元来た道を引き返して去って行った。

アーケード内は屋根があるため傘を差さずに歩き回れるのが楽で良い。乾物屋、漬物屋、飴屋、和菓子屋、魚屋などが軒を連ね、眺めているだけで楽しい気持ちになる。途中、安いドーナツを十二個買って、三人で分けて食べながら歩いた。温かくてやわらかく、あっさりした甘みが口の中に広がって美味しい。小さい真っ赤なタコを串に刺して売っている店があって、見た目がキュートで愛らしくとても惹かれたが、タコの味はあまり好きでないので購入を断念した。たこ焼きはタコが入っていない方が美味いと思う。

いくつかの土産と夜食を買い込み、次は上賀茂神社に行くことにしたが、その前に宿に遺棄してきた死体はどうしているか連絡をとってみることにした。すると二体とも無事息を吹き返し、活動を始めているとの返事が来た。そいつは良かった。

じゃあ上賀茂神社で落ち合うか、と話したのだが、時間の都合で上賀茂神社には三十分もいられないことが判明したのでその後に行く下鴨神社で集合することに決め、我々はまたバスに乗った。



上賀茂神社に到着。ここに来るまでのバスの乗車時間が長かったため、三人全員眠りに落ちてしまった。いくら楽しくても体力には限界があるし睡眠不足も響いてくる。バスから下り、こりゃ今日は早寝した方がいいかもしれないなと笑いあったが、まー、ね。うん。まー、ね。

写真は一の鳥居を抜けたところである。ここから二の鳥居まで二百メートルほどあるそうだ。見事にまっすぐな道なので思わずダッシュしたくなるが、さっきまでバスで眠りこけていたことからお察しできるように、そんな体力はありゃしないし、雨だし、傘が邪魔だし、もう大人だし、ってことで自重した。まっすぐな道で走れなくてさみしい。



二の鳥居に着いたぞ!





せっかく着いたのでゆっくりしたいところだったが、拝観時間が残り少なく、さらに下鴨神社の拝観終了時間も迫ってきていたため、手水舎でバーッと身を清めてザーッと回ってまたすぐにバスに乗った。もったいないが仕方が無いね。





そしてまたバスに乗り込み、下鴨神社に到着した。ここらで雨脚が強くなってきて、小雨の域を超えてきたように思う。上賀茂神社でも思ったが、落ち着いた自然色の中にある朱色が良い具合に風景にマッチしていて綺麗だなぁ。存在感がありすぎなくちょうど良い具合で、「異色」であるはずなのにすっかり周囲に溶け込んでいる。良いなぁ。良いけど…寒いなぁ…。

寒い。本当に寒い。タンクトップ、ペラシャツ、冬用ジャケットという組み合わせは間違っていた。間違っていたことは昨日の段階で気付いていたが、余分の服は持参していないためどうにもならない。最終手段で現地購入という手もあるが、そこまでするほどでもない、しかし寒いと言わずにはいられないほどの寒さである。また、神社仏閣に着くたびに手水で手と口を清めているのも原因の一つだろう。雨で冷えて手水で冷えて。だがせめて冬用ジャケットを着てきて良かったと心から思った。出発前、薄手のパーカーでも着ていきゃいいかなと寸前までとち狂った考えを抱いていたのである。京都は盆地であることを忘れたか! 盆地は夏暑くて冬寒いんだぞ、馬鹿!



そういえば賀茂神社と言えば葵祭、葵祭と言えば源氏物語の葵上と六条御息所の車争いだな、ってことで源氏物語の話になり、六条御息所怖い、源氏いい加減にしろ、紫上可哀想、源氏物語中でどの女性が一番魅力的か、といった話で盛り上がった。ここ以外でも何度か源氏物語は話題に上り、その度「源氏いい加減にしろ」「六条御息所怖い」とお約束のように繰り返された。

写真は干支の神様をお祭りするお社である。せっかくなので自分の干支の神様にお参りをしてきた。お守りも干支のものがたくさん売られていたな。友人がいくつかお土産に購入していた。

さて、ここで集合する予定だが、まだ別れた人々はやって来ない、と思った矢先に一人から連絡が入った。遺棄死体のうちの一人である。ほうほう、今からこっちに来るのか、こちらはお守りが売られている場所で雨宿りをしているよ、と伝えると、間もなくして電話を手にした友人がやって来た。おおー! …あれ?

「他の奴らは?」
「え、俺一人だよ?」

端折っていたが、今までのやりとりでは銀閣寺で別れた友人達と宿で眠り死んでいた二人は既に合流していて、一緒に行動しているらしいとの話であったのだが、どうやらそうではなく、まず銀閣寺で別れた三人も二人と一人に分離していて、蘇生遺棄死体の二人も宿を出てからは別々に行動していたそうだ。つまり、八人が五組に分かれていたのだそうである。ややこしい。

ややこしいなーと思っていたら銀閣寺で別れた奴らの二人の方がやって来た。ここでまた話し合い、情報を整理した結果、銀閣寺で別れた一人の方は地元の友人と清水寺を楽しんでいて、夕飯までには合流するつもりだが下鴨神社には来ない。蘇生遺棄死体の来ていない方の人物もここには来ないのでまた別の場所で合流する、ということである。なるほど、ではとりあえずここを出るとするか。

出立前に一人が縁結びのご利益を願ってお参りしてきた。なかなかロマンティックな奴だ。では夕飯はどうしよう。最後の夜だし、京都だし、ちょっぴり贅沢してみるか、ってんで、京料理を出してくれる居酒屋に行くことになった。

しかし残念! 店に着いたものの運悪く定休日! うなだれる幹事! 他を探そうと提案する友人! 別の店に到着! しかし店内は既に満員で入れない! 責任を感じて落ち込む幹事! 落ち込む幹事の姿に焦る我々! 強まる雨脚! ちょっと雰囲気がよろしくない! やばいか? まずいか? どうしようってとこで他の良さげな店が見つかったので中に入った。ほっとした。

友人二名とも無事合流でき、ここで湯葉やら何やらをいろいろいただき、京都の地酒なんかも呑んだりして楽しく過ごした後、宿に戻って風呂に入って宴会を行った。今度は男部屋で乾杯をしたが女子二人は日付が回る頃に引き上げ、残った奴らで馬鹿話を続けた結果朝の五時。腕がだるい。痛い。痛いので一時間だけ布団で寝て朝風呂に入って朝食の席に着いたが流石に食べられなかったのでお粥とサラダとデザートだけをいただいた。寝不足三日目の朝である。

さぁ、明日は金閣寺だ。


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