一泊二日で諏訪大社めぐり 1




諏訪旅行の話。当日は八時発の電車に乗る予定だったので、余裕を持って友人との待ち合わせ時間を七時半に設定した。となると五時半に起きなければ間に合わない。前日の夜、絶対に寝過ごさないようにと祈るような気持ちで目覚ましをセットし、緊張のためか就寝して一時間半後に目を覚ますなどしたが、何とか問題なく五時半に起床できたけど友人が寝坊した。

連絡が入ったのは待ち合わせ場所に向かう途中の電車の中。「二十分遅れる」とメールで謝罪された。ということは、出発の十分前に友人は到着することになる。電車は事前に指定席を予約してあるが、それを予約したのは友人なので自分が切符を受け取っておくことはできない。果たしてちゃんと間に合うだろうかと早くもこれからの旅行に不安を感じながら見物記を読んで友人を待った。

七時五十分を過ぎ、気持ちが焦りだした頃友人が目の前を駆け抜けて行った。行き先はみどりの窓口である。切符を発券する友人の背中を眺めつつ自分は鞄に文庫本をしまい、すぐに二人で駅のホームへと急いで向かった。ギリギリではあったが電車には無事乗り込むことができた。

電車の中で朝食を食べつつ、今後の予定について話す。今回の旅の目的は諏訪大社を回ることで、それ以外は何も決めていない。事前にしておいたのは宿の予約と切符の予約と諏訪大社の場所確認だけだ。それだけでは何なので諏訪の名所や名物を調べておこうと話してはいたのだが書店に諏訪に関するガイドブックはほとんどなく、結局遊覧船があるらしいことと、ワカサギ釣りが有名らしいという情報をネットで拾っただけだった。一泊二日の旅行とはいえ、諏訪大社めぐりだけで存分に時間を使うことができるのか。それが我々の心配事だった。

しかしその心配も杞憂に終る。体力温存のため行きの電車の中では寝ておこうかと話してはいたが、あれこれと喋っているうちに電車は茅野に着いた。さて、これからどうするか。まずは上社本宮に行くことに決まり、と言っても話し合って決めたのではなく、この旅行のルートは全て友人にお任せしていた。道を調べるのも任せていた。時刻表を調べるのも任せていた。自分がしたことは宿の予約をとることだけだったが、宿を探したのも友人だ。改めて振り返ると本当に何もしていない。ただノリノリで歩きまくって遊んでいただけである。何て奴だ。

コンビニエンスストアで飲み物と菓子を買い、観光協会でもらった地図を見ながらてくてく歩く。諏訪湖が近いせいか川を目にすることが多かった。元来歩くのが好きなので、知らない土地をずんずん歩くのはとても愉快だ。そのうえ自分は頭を使って地図を見て道を考えながら歩いているわけではない。そりゃあ楽しいに決まっているな。全く気楽なものである。

道の途中で守矢資料館に寄った。守矢とは諏訪大社でずっと神長官をを勤め、口伝によって諏訪の歴史を伝えてきた家である。諏訪には古事記に伝えられた国譲神話とは違う神話が言い伝えられており、朝廷側の神と戦って負けた神が諏訪の神である洩矢(もりや)神で、その子孫が守矢一族なのだそうだ。残念ながら一子口伝されてきた秘法は先代で絶えてしまったそうである。

しおりを買って資料館を出ると子供が虫捕りをしていた。その脇を通り過ぎて上社へと向かう。するとこんな鳥居が見えた。



上まで続く石段の先に小さく見える祠。横の看板によると北斗神社というらしい。どうしてもこの石段を登らないことにはならないような気がして、我々は寄り道をすることに決めた。トントンと石段を登っていく。最初は気楽なものだった。

だが、半分ほど登ったところで息が切れてきた。思った以上に長い。そのうえ、一段が通常の階段よりも高く作られているため腿上げの運動をせざるを得ないのだ。脇を見るとかなりの急勾配で、友人が指で測ったところ、冗談でなく四十五度の傾斜はあるように見えた。後ろを振り向くと坂だか崖だかわからない景色が見える。そら恐ろしくなってきた。

とはいえ今更引き返すこともできない。ゼエゼエ言いながら我々は祠の前まで登りきり、手を合わせてお参りをした。お参りがすんでもすぐには動けなかった。足が落ち着くのを待たないで下りれば、転げ落ちて怪我、もしくは死亡することが目に見えていたからである。こんなところで死にたくはない。

そろそろと石段を下りきって我々は再び上社を目指し始めた。坂道であったが先ほどの石段が相当のものだったので、「あれに比べればマシだな」と自分を誤魔化しながらてくてく歩いた。ちなみにこれは上社からの帰り道でわかったことだが、あの祠は山のほぼ頂上に作られていた。近くで見たときはわからなかったが、一つ道を挟んで眺めてようやく全貌を把握できたのだ。つまり知らないうちに我々は山を一つ登って下りていたのである。

上社本宮が見えてきたところで昼も近くなったので蕎麦屋に入った。信州蕎麦の幟が立てられており、名物であることをアピールしている。旅行前から友人はせっかくだからその土地のものを食べたいと話していて、自分もそれに同意していたのでチェーンなどは避けようと決めていた。蕎麦を食べるぞと意思表明をする友人と暖簾をくぐって空いた席に座る。メニューを眺めて食べるものを決め、注文をとりにきたおばさんに友人は告げた。

「オムライスください」

ずっこけるかと思った。



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