町田康 「犬とチャーハンのすきま」 2
とりあえず、もう一度このアルバムの特徴を。
まず、音がこれまでのアルバムに比べてキラキラしている。
次に、一曲の中で起伏の激しい構成のものが多い、もしくは目立つ。
そしてもう一つ。全部ではないが、曲調と歌声が驚くほど活力に満ち溢れている。
激しくシャウトする曲は今までにもあったが、溢れる活力が感じられるのは記憶する限り、「メシ喰うな!」「腹ふり」「駐車場のヨハネ」「どうにかなる」「脳内シャッフル革命」には無かったように思う。ただここで一つ注意しなければならないのは、これらを聴いていた頃の自分と今の自分に違いがあるってことである。というのも、昔はあまり音楽を熱心に聴かなかったが、最近はいろいろと興味が拡大してきてあれこれ聴いたり一曲に集中するようになったおかげで、以前より耳が肥えてきたのである。
ギター、ベース、ドラム、ピアノ、ボーカルがそれぞれ一本の糸であり、束にまとめたものが音楽だとして、昔の自分にはボーカルの糸のみ別で、あとは全て一まとめの束のままにしか認識できていなかった。楽器の音は全てごちゃっとした音の塊でしかなかったのである。それがようやくそれぞれの糸を解いて、バラバラの音が合わさって一つの音楽を構成していることがわかるようになってきたのだ。すると不思議なことで、それぞれの楽器の音一つ一つにハッと気付かされ、感動することもあるようになった。だからアルバムに対する第一印象の受け取り方ってのも変わってきているはずなんだよね。
閑話休題。町田康の作品、音楽にも小説にも共通することだが、混沌の中にある主人公が、堕落の方向へと突き進んでさらに混沌を深めて行き、そんな中で「これが俺の個性なのだから大丈夫だよ」「こんな世の中だけど楽しいね」「ちょっとおかしいかもしれないけど全く問題など生じていないよ」と可愛い子ぶりながら己を全肯定して見せる。しかし混沌を深めて行く中で主人公の身はついに破滅、もしくは寸前にまで追い込まれ、そこで爆発するように先ほど全肯定した己自身を嘘だ欺瞞だまやかしだと暴き立てる、これがこのアルバムにも描かれていて、混沌とした現状を綺麗に綺麗に自分に言い聞かせる形で取り繕うとした挙句、失敗して混沌がより深くなる様がとても悲しい。
そんな悲しいどうしようもないやるせない世界が、町田康の独特の語彙と言葉のリズムによって、例えばやたらとうどんなんて言葉を多用してみたり、時代がかった口調で語ってみたりして描かれながら、それでもやるせない思いで終わらないのはそれらの言葉を乗せる音楽がキラキラと優しく美しく輝いているからだ。
このやるせなさと美しさと活力が感じられる一番わかりやすい曲は十一曲目の「あなたにあえてよかった」だ。嫌なことばかりがあった、でもあなたにあえて苦しみが消えていった、だが現状は何も変わっていなくて状況は何も好転していない、だけど大丈夫だよ世の中には綺麗なものでいっぱいさ、………しかし、という内容だ。この「しかし」に至る直前に「この番組はご覧のスポン」というフレーズが挿入され、そこから「綺麗なものが見えていた目」の真実が暴かれる。この歌詞カードには載っていないフレーズは言うまでもなく「この番組はご覧のスポンサーの提供でお送りします」をぶった切ったものである。何故これが挿入されるか、それはこのテレビから流れるフレーズが、綺麗な世界から「現実」へと引き戻す生活の雑音の、現実の象徴として使われているからだろう。では何故ぶった切られているか、それは現実に引き戻すその言葉を「聞くまい」と耳が拒絶したからだろう、って勝手に考えている。
つーのもこの「ご覧のスポン」って言葉は町田康の短編小説のタイトルにも以前使われていて、それは「ホワイトハッピー・ご覧のスポン」というのだが、その小説を読んだときにも似たような予想を立てたのだ。多分そう的外れでもないと思う。
アルバムの最後に収録されている「I am fool.」はまるで全てのやるせなさを洗い流すかのように、美しいギターとピアノの調べで終わる。町田康の描く混沌の中でやるせなさを抱くもどうにもならない人物は今の世の中多くいることだろうと思う。だからこんなに活力に溢れた音なのかなぁ。これで「脳内シャッフル革命」のようなテンションだったら真っ暗というか、くたくたになってしまいそうである。不況で疲れた世間の空気がかえって町田康に活力に溢れた作品を作らせたのだろうか。陳腐な言い方だが、今の時代だからこそ、この時代の多くの人に聴いてもらいたいアルバムだ。本当、「今」聴いて欲しいと思うアルバムだよ。
最後に、特に気に入っている曲は「饂飩出汁」「頭のなかの青い海」「あなたにあえてよかった」だ。それとちょいと驚いたのが、一つ町田康らしからぬ言葉が歌詞中に使われてたってことだ。「電波」って言葉を「気が狂った」って意味で。へぇ、この意味でこの言葉をそのまま使うんだ、珍しいなと思った。つってももっと前から使ってたかもしれないけどね。
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