日記録0杯, 平沢進

2022年9月21日(水) 緑茶カウント:0杯

それは偶然だったのだ。他愛もない動画を流していたら、AIが平沢進を選択した。

およそ半年ぶりだろうか。確認していないからわからない。彼に失望してファンクラブを退会して距離をとろうと思い、寂しさを募らせながら過去を振り返り。

……で、だ。やっぱり良い曲なんだ。美しい歌声なんだ。涙が出てくるんだ。

AIは何事もなかったかのように、一曲ヒラサワを流して全く違う動画を流す。己を試しているのかい? わからないが、プレイリストを再構築してみたいと、思った。今すぐではないけれども。もっと時間がいるけれども。

ただ、ただ。やはり彼の歌は美しい。
それだけは己の中の、ひとつの事実だと思う。あぁ、しんどい。



日記録0杯, 平沢進, 日常

2022年3月11日(金) 緑茶カウント:0杯

確かに己は好きだった。

およそ十年前、ツイッターで面白いツイートを繰り広げる彼に興味を持ち、公式サイトに行って。そこに掲載されたテキストを読んでぐんぐん惹き込まれ、そうだきっかけは文章だった。そして掲載されていた全てを読み込み、本を買って、ファンである友人からCDを借りてさらに転がり落ちて、いつの間にやらファンクラブに入会しコンプリートボックスを購入していた。

それから初めてライブに行って、実在する彼を目の前にして感動し、会報誌を喜んで読み、ファンイベントで最前列を得て、投稿していた己の悩みに対する回答を得られ、つらいときにも彼の音楽と文章は心の支えになってくれて、本当に心から大好きだった。

過去形になってしまったことが悲しい。

作品と作者は別物だ。しかし割り切れないこともある。今回はどうしても割り切れず、落胆が募った。そんなことは自分勝手に他ならない。勝手に幻想を抱いたこちらが悪い。ただ、それでも。

十年前、彼に出会ったとき。屈託なく文章と音楽を楽しめて、ライブに熱狂できた。そんなひとときを得られたことに感謝したい。そしてその思い出と買い集めたCDを大事に大事に仕舞っておいて。いつかまた、己の中で心の整理ができたときに。封を開こうじゃないかと思う。

ファンクラブの更新を見送った悲しみを未だ整理できないまま、ひとまずの吐露。
しばらくさようなら、平沢進。確かに己は好きだった。



未分類0杯, 平沢進

まるでね、全人類が絶滅した後、廃墟となったコンサートホールで朗々と歌うように見えたんだ。

新型コロナウイルスの影響で延期されたものの、結局実施は難しい判断になり、代わりに無観客ライブ配信が発表されたヒラサワのライブを自宅からストリーミングで見つめると、彼は誰一人いないNHKホールで、三百六十度カメラを振り回しながら高らかに歌っていたのであった。

最後にヒラサワのライブを観たのは三月十四日。以来、ずっと自分はヒラサワの歌を聴いていなかった。この状況と心情にぴったりな歌手を己は知っていて、彼の歌でないと救われない日々が続いていたゆえに。だから三ヶ月ぶりだったんだ。ヒラサワの歌を聴いたのは。

そして、やっぱり好きだなぁと思ったし、何て楽しい大人なのだろうと思ったよ。

声はね。だんだん、出にくくなっているなぁと当人の苦悩が感じられるようで。とはいえもしヒラサワ以上に歌える青年が現れたとて、己が聴きたいのはヒラサワの歌声に他ならなく、代替の存在はありえない。年齢を重ねていくことに寂しさを感じつつ共に前に進んでいきたい、そのように感じている。そのうえで、観客を楽しませるための仕掛けに余念がないヒラサワのサービス精神が大好きで、だからこそ笑わせてもらったのさ。随所に挟み込まれる観客席でのヒラサワと会人の様子や、チェーンソーではじまりの幕をぶった切る猟奇的なヒラサワに。

あぁ、楽しかったし嬉しかった。そのうえでやはり、生の声を聴きたい。
その渇望を抱きつつ、今日の日に感謝しながら一日を終える。大好きな「庭師KING」「Switched-on Lotus」を聴けて嬉しかったと。そしてその二曲を、前回のライブで、生きている間に、生身で聴けたことを誇りに思うと。

せっかくNHKホールでやるんだったら核P初期曲も聴きたかったんだぜ、なんてのは野暮の野暮。とはいえやはり、いつかのその日が来ることを、十年後二十年後と待ち続けるのである。仮に彼が、チェーンソーを持つ体力を失ったとしても。



日記録2杯, 平沢進, 日常

2018年9月7日(金) 緑茶カウント:2杯

今日は時間があったのでたらたらと家具屋を回り、己が欲しい家具はどれなのだろうなぁと思案しつつ歩いて好きな服屋に寄り、新作の発売日を教えてもらって帰った。

手にはビールが三本とカマンベールチーズ。ちょいと晩酌でも楽しもうと思って。

冷凍庫からこの間作ったラタトゥユを出し、解凍して器に盛る。チーズと共に最寄のパン屋で買ってきたガーリックトーストも並べ、頭から湯気を立てながらどかりと座る。風呂上りの一杯に美味しい肴。そして最高のつまみは平沢進の新譜。

パカリと蓋を開け、CDをセットする。
穏やかでゆったりとした音楽が部屋に流れた。

今回は核P-MODEL名義だった故激しい曲を期待していただけに一瞬拍子抜けしたが、一切の激しさがない平穏は耳に心地良く、空間を気持ち良く揺らした。若干、物足りないとも思ったが。
しかしきっと回数を重ねるうちに見えるものがあるのだろう。今までの他の楽曲と同じように。

核P-MODELでこれを作ろうと思ったヒラサワの心境とはどんなものだったのだろう、と考えながらビールを傾ける。美味しい。壁を揺らす音を楽しみながらまったりと過ごす夜は至福であった。

あぁ、楽し。



未分類0杯, 平沢進, 非日常

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その日空に上がった花火は、まるで九万音符の調べの降臨を祝福しているかのように見えたのさ。

楽しかった。全ての言葉がこの一言に凝縮されてしまう。そんな素晴らしいライブであった。

「Archetype Engine」から始まり、「サイボーグ」へと繋がる容赦のない展開により一曲目から打数カウントの回ること回ること。第9曼荼羅最終日の当日は開演前から人でいっぱいで、前へ詰めるように詰めるようにとスタッフに促され、1800番台の己もそこそこ前方に進むことができた。今回は下手側の中央寄りに立ち位置を決め、会人の二人をじっくり観ようと意気込んだのであった。

そんな己の出で立ちとしては、首にはポケットマフラータオル、上半身はロングスリーブカットソー、下半身はMANDALA-MINOなるオリジナルラップパンツ、そして黒のパンツに黒のブーツという完全なる様相。ラップパンツなど履いたのは生まれて初めてで、恐らく今後履くことも二度となかろうと思ったが、せっかくの機会だと意気込んで買ってみた結果、あれ意外と似合うじゃん、と新たなトビラが開いたのであった。そうでなくとも今日この日、全身をヒラサワで包み込んでの参戦、後悔など一つもなく、ただただ馬鹿になって良かった、満喫して良かった、と心から大いに満足した。

楽しかった。とんでもなく楽しかった。一曲目から「Archetype Engine」と「サイボーグ」、そして「灰よ」へ続く出し惜しみのない構成。「灰よ」で真っ赤に染まったステージが、ヒラサワが「灰舞え」と叫んだ途端真っ白に色が変わる。それはまるでステージから客席まで真っ白な灰が舞ったようで、その演出効果に息を呑んだのであった。

かと思えば、「確率の丘」では入りを間違えるチャーミングな場面も。こういったところを観ると、ヒラサワも人間なのだなぁと安心してしまう。そして次の「アヴァター・アローン」では打数モジュールが増設され、上領さんのドラムソロが炸裂する。先日の公演でムービーの前に打数モジュールが増設されたことに違和感を抱いたが、どうやらこれはこれで問題ないようだ。

打数モジュール増設は「アヴァター・アローン」と「アディオス」の二曲で行われた。どちらも上領さんを応援すべく手拍子が湧き起こり、めっちゃ盛り上がって良いなーと思いつつ、いや何か手拍子でドラムソロ聞こえづらいな、ドラムソロの迫力のわりに手拍子が牧歌的だな……と違和感を抱きもした。

「人体夜行」はアルバムと全く違った印象だ。ヴァイオリンとチェロの重い響きが愛おしい。そしてこの曲の後にステージが真っ暗になり、ヒラサワ、上領さん、会人の二人松と鶴が退場し、打数カウントが表示されていたモニターに映像が映し出される。内容は昨日と同じで、ヒラサワならではの難解な言い回しをしていたが、「ヒラサワがTwitterをやる前の世界には戻れなくなった善男善女善LGBTX」と呼ばれ、沼扱いされたことは理解できた。このように男女だけでなく。LGBTXを言葉に挙げてくれるヒラサワの何とありがたいことか。彼の視界には男女以外も映っている。それは希望以外でありよすがである。ありがたい。

打数モジュール増設の許可が下ろされるもしばらく増設はされずに進む。「トビラ島」では真っ赤に照らされたステージでヒラサワがアコギを爪弾き、定位置に戻ったかと思えばステージは青に照らされ、上空には七つの赤い月が浮かぶ。そして力強く叩かれるドラムの迫力! 先日の感想にも書いたが、トビラ島一曲で一つの映画を観たかのような満足感があり、たまらない。

「聖馬蹄形惑星の大詐欺師」では例の箇所で例の如くオーディエンスによる合唱が起こったが、面白いことに昨日のは違う発声が聴こえた。この箇所には歌詞がない、ゆえに皆それぞれの解釈がなされ、それぞれの解釈で発声しているのだろう。故にそんな違いが起こるのだ。面白いなぁ。

次の「アディオス」で打数モジュールが増設された。「アヴァター・アローン」では細かく刻まれ、音が小さくなるも途切れることなくひたすら続くドラムの丁寧さが印象的で、「アディオス」はより力強く感じた。

「ホログラムを登る男」でだっただろうか? 気付けば、会人の鶴が弾くヴァイオリンの弓の弦が切れて、ふぁっさーとたなびいていた。しかし鶴は演奏を中止することなく壊れた弓で弾き続ける! いつの間にそんなことになった……!! 驚きながら彼を見つめた。

そして最後の曲「オーロラ」へ。この時点で打数は85000あたりだっただろうか。とても90000には届かない。しかし、何と言うことだろう! アウトロでちょちょいと指先を操り煽るヒラサワ、終わらないドラムソロ、熱狂するオーディエンス!! ドラムソロが始まるや否やオーディエンスはドッと飛び跳ね、興奮し前へ詰めかけ、大声で「ワタルー!! ワタルー!!」と叫びながら、9万打へと駆け上るドラムソロが展開されたのである!!

まさかこのオーロラという曲で。この、美しく、駆け上がるような多幸感がある曲で、こんなに格好良いドラムソロが延々と繰り広げられることになろうとは! 曲の雰囲気も何もかもぶっ飛ばして、我々はひたすら飛び跳ね、拳を振り上げながら「ワタルー!! ワタルー!!!!」と応援した。それはもう、先日ヒラサワに指示されたとおりの呼び名で忠実に。ワタルこと上領さんはリズミカルにひたすらにドラムを叩き続け、しかし鬼気迫る様相は全くなく、最後まで涼しげで、美しくも完璧に、九万打ぴったりを叩ききったのであった。

美しかった。

彼の人が男性であることは知っている。当初、確かに見間違えたが男性であることは知っている。しかしここまで来て、美しいお姉さんにしか見えず、それでいてこのパワフルで涼しげなドラム捌きが鮮烈で、己は息を呑むしかなかった。

かくして九万音符の調べは降りた。楽曲はリアルタイムで配信され、無人のステージに新曲が流された。それに聴き入りながら、待望の一曲を耳にしながら、好きなミュージシャンのライブに行って無人のステージを目の前にしながら新曲を聴くって妙な状況だな、と思った。

アンコールは「現象の花の秘密」と「鉄切り歌(鉄山を登る男)」。MCでヒラサワが上領さんを指して「流石元P-MODEL」と言ってくれたのが嬉しかった。

年々、ステージに演奏陣が増えている。それはDVDを観るファンを飽きさせないようにというヒラサワの工夫であり、サービスだと思う。その中でついに、生ドラム。するとどうしても、P-MODELの再結成を期待してしまう自分もいる。

だが同時に思う。きっと今が一番良いバランスなのだと。P-MODELのヒラサワと、ソロのヒラサワが綺麗に両立している今。長い月日を経てやっと、ちょうど良いバランスに行き着いたのではないか、と短いファンながらに思う。

また思う。白髪のヒラサワの美しさを。それは髪の色だけではなく、スタイルも、そして顔の皺も込みでの美しさだ。齢六十三歳の彼は、紛うことなく美しい。

しかし過去を顧みると、歳を重ねた人の美しくあろうとする努力を己は笑ったことがあった。それは十五年ほど前で、今では本当に恥じているが、確かにそれは事実であった。五十を手前にダイエットを志し、ダンベルを振った亡き母が「おばちゃんなのにダイエットなんておかしいよね」と言ったとき、口にこそ出さなかったものの「そんなに頑張らなくても」と思ったのだ。

だがあのとき、本当は「そんなことないよ」と言うべきであり、そう言われることを母も望んでいたはずなのである。

美しくあろうとすることはいくつになろうとも何もおかしいことではない。自分に手をかけることは抗うことではなく、自分自身を大事にすることだ。それに何故当時気付かなかったのだろう。背筋を伸ばし、レーザーハープを操るヒラサワ。にこにこ笑いながら涼やかにスティックを振る上領さん。二人とも美しく、二人とも違うように美しい。彼らがそれを目指していたかはわからないものの、結果として美しいことは確かである。

あのように生きたいものだ、と思った。帰り道の橋の上には人だかりがあり、彼らの視線の先にはまんまるに光る白い月と、ドーンと上がる花火があった。まるで九万音符の調べの降臨を祝福しているかのような夜空。ほうと眺めつつ、魅せられつつ、まっすぐに進もう、と思った。